2012年12月29日土曜日

おだんごが舞う

2年ぶりにhulaに行ってきた、ふら・だんす。
hulaというのがダンスという意味なので、日本語の"ふらだんす"という単語はちょっと変なのだけど、hulaというと大抵通じないので、いつもは渋々ダンスをくっつけて人に話す。

もうとにかく楽しくて、ちゃっかり年明けからまた通うことに。

hulaと言えば、何人かでユラユラ踊るイメージが強いと思うのだけど、ソロもいいのよ。
そのまま埋め込みたかったのだけど、できなかったのでこちら→すてきだよ〜


いつかね、私もこんな風に一人で踊るのが夢なんだ。

2012年12月28日金曜日

日本には面白い人がたくさんいる

こんな気持ちのいい喧嘩ってあるのかよ、と思いながら本を閉じた。
今日は部屋のなかでも白い息がバンバン出るほど寒いのだけど、興奮している私にとってはこれくらいが丁度いいのかもしれない。暖房もホットカーペットも必要ないぞ。

つい最近のこと、うちの勝先生から面白いよと教えてもらった副島隆彦という人の対談本を読んだ。本を読む前に少しだけ動画を見ていて、そのときは「石原元都知事に似ているけど不思議と嫌なかんじはしない」と、まぁそれくらいの印象だった。私は以前から石原さんが苦手で、あの人とは一生話が合わんだろうなと偉そうにもそう思っている。そんな石原さんっぽいけどなぜか好印象の副島さん、今はとっても好きで次の1冊をすでに持っている。

今回読んだのは武田邦彦との対談本『原発事故、放射能、ケンカ対談 (2011)』というもの。正直、今の今まで原発についてよく分かっておらず、私は今かなり反省をしている。震災があった日、私は都内にいて、道路が波のようにうねるのを実際に味わった。もちろん怖かったし、それよりも何が何だか分からなかった。原発について、「え、そんなに危ないの?」とその程度のもの。元々、震災のあった月末に退職し、実家に帰るということを決めていたので、私は四国へ戻り、その後はテレビと新聞で情報をなんとなく追う、という毎日を送った。愛媛では震災が別世界で起こったかのように思われていて(私の周りを見る限り)、私も原発について知ろうとしていなかったにも関わらず、感情まかせで「悲しい、腹が立つ」などとよく言っていた。その後も自分のことが精一杯で、他のことに目を向ける余裕もなく、そして海外へ行くことになり、私の原発に対する興味はますます失われていった。海外ではよく震災や原発のことを聞かれ、私はこわかった、ひどかったの繰り返し。しかし、震災ジョークを言われると苦笑いもできずマジギレしていて、学校が嫌いになった理由もそこにある。ヨーロッパでは何度もあった、酔っぱらっているのは分かるけれど、いい加減にしろと私は怒りを抑えるのに必死だったのを今でもはっきり覚えている。

しかし、そんな私も私がこんにゃろう!と思っていた人たちと何も変わらなかった。前々から気付いてはいたけれど、この本を読んでハッキリわかった。自分こそバカ野郎なのだ。

副島隆彦は最近ここによく登場する小室先生から色々学ばれた方で、確かに小室先生とすごく似ている。とは言え、まだ本を1冊読んだ程度なのでお前に何がわかるんだ!というレベルなのだけど、それでも私は感動している。読みながら特に思うのが、知識量が半端ないということ。桁違いに学んでいるということが明らかなのだ。好きなところは難しい言葉を使わないところ、小室先生と同じで分かりやすい。ちょっと嫌いなのは人の話を「もういいです」と終了させてしまうところ。

対談相手の武田邦彦も以前から好きで、何冊か本を読んだことがある。そんな二人のケンカ対談は最後の最後まで面白かった。初っぱなから2人の立っている場所が違うので、こんなの絶対最後まで話が合わないじゃんと思っていたけれど、最終的にはなんとなく落ち着いて(和解ではないけれど)、私もコーヒーを淹れながらホッと一息ついた。

副島さんは政治・社会・経済、さらには法学などあらゆることを学んでいて、日本を本気で救おうとしている評論家。政府の人間ではない。武田さんは原発や放射能のことにおいてはトップクラスの科学者。19人の原子力委員、安全委員のなかで、ただ一人原発の安全性について反対し続けた人。

たぶん副島さんのことを知らずにこの本を読むと、嫌な気分になる人が多い気がする。さっきamazonのレビューを読んでみたけれど、実際そんな人が多かった。気持ちは分からなくもない。でもね、これが副島さんで、私は好きなのだ。

私が思うに、二人の意見がなぜ一致しないのかというと、一番に誰を守るのかという肝心なところが違うのだ。二人とも日本のことを一生懸命に考えて、多くの人を救おうとしているし、汚い政府を許さない、すばらしい方たちなのだ。しかし、副島さんは「ごちゃごちゃ言う前に目を前の人を救おうよ」と言い、武田さんは「今後より多くの人が助かるように」と発言する、出発点が違うのだ。

以前、ハーバード大学、マイケル・サンデルの「これから正義の話をしよう」の話を書いたけれど、あれについて副島さんは面白いことを言っていた。

コミュニタリアンというのは「二人の人間と一人のおじいさんを助けるときどっちを助けますか?」なんて言うけれど、助けられるほうを助ければいいじゃないか、そんなこといちいち言わなくても、助けられなきゃ助けられないし、できないことはしません。くだらないことをあっちにしますかこっちにしますかって言って、ああやって人を騙すんです!


確かにそうだなと、マイケルサンデルの講義を真面目に見ていた自分が笑えた。とまぁ、副島さんはこんな人なのだ。だから被災地の人のことを一番に考えている。東京にいる赤ちゃんや子どものことよりも、被災地の人をまず一番に救う。一方武田さんは、被ばくの影響を受けやすい小さな子どもたち(未来の日本)を一番に守ろうとしている。どちらも正しいのだ。


この対談本は2011年6月の発行で、もう1年半以上前になる。その間に色んなことが変わっているだろうし、この二人も変わっているのだろうと思う。とりあえず今後私が原発について考える1つの参考本として、次回まとめて書いておこうと思っている。



何度も耳にした、ほにゃららシーベルトという単位。
私のスマホは放射能測定機能がついていて、こんなもんいらんのに...とずっと思ってきた。よく間違って測定ボタンを押してしまい、ちょっとイラっとさせられている。が、しかし、今初めてやってみたら、、、0.09マイクロシーベルトだって。本を読んで、やっとこの単位が分かり、マイクロシーベルトか...ふむふむ、なんて思っている。


原発は本当に他人事ではなく、私も電気を使っているし、愛媛にも伊方原発がある。
とにかく今は、知ることだ。





そうだ、まだ内容の一番肝心なところは書いていないからne.
でも長くなったので、今日はおわり。

2012年12月27日木曜日

たまには動画も




私の好きな小室センセーとはこんな人。話し方が可愛いよね。

以前この動画を見たときもおおお!という気分だったけれど、『日本人のための憲法原論』を読んでこれをまた見てみると、小室直樹って本当にすごいなぁとびびってしまう。この動画だけでも面白いよね。別にデモクラシー(民主主義)でなくてもいいとか、そもそも日本にデモクラシーはないとか、一体どういうこと?と思うよね。


小室先生は本の中でも『デモクラシーとは、選挙で選ばれた国民の代表が議会で話し合って多数決で法律や国家予算を決める、とか言う人がいるけど、そんなアホな!』と言っていた。民主主義と憲法や議会制を結びつけたがる人は多いけれど、民主主義というものができる前から憲法や議会制というのは存在していて、民主主義=憲法・議会制というのは成り立たない。

じゃあ、デモクラシーって...なに?
日本は民主主義の国じゃないの?




このへんも、今後まとめて書いていくyo.

それにしても、小室直樹と談志師匠のコンビ、たまらんね。

2012年12月26日水曜日

お勉強にっき その②

その①のつづき。


前回、憲法とは誰に対してのモノなのか、憲法を破れるのは誰か、ということを書いてきた。では、憲法を含む「」とは一体何なのか。今日はここから書き始めようと思う。

小室先生は、"法とは誰かに対して書かれた強制的な命令"だと言う。つまり、どんな法も「誰が誰に命令しているか」「その法を違反できるのは誰か」ということがハッキリしているのだ。これはとっても簡単なことで、例えば銀行法は銀行に対しての命令で、銀行法を破れるのは銀行でしかない。つまり、国民が銀行法を破るというのはありえない、ということなのだ。では、どんどん進むよ。


民法を違反できるのは...?

国民全員、これは分かりやすい。

—では刑法を破れるのは...?

ちょっと考えてみてほしい。刑法には人を殺しちゃだめだとか、盗んじゃだめとは書いてはいない。何が書いてあるかと言うと、殺人をしてしまったら、盗んでしまったら懲役何年ですよ、もしくは罰金いくらですよ、ということが書いてある。じゃあ刑法を破れるのは誰なのか?

例えば人を殺してはならないと書いてあれば、殺人を犯してしまった人は法を破ったことになる。しかし刑法はそういう書き方はしていない。つまり刑法を破ることができるのは、裁判官なのだ。裁判官の権力は考えてみれば恐ろしいもので、懲役何年だとか、罰金いくらであるとか、さらには死刑まで下すことだってできる。そんな裁判官が暴走した判決を下さないように、刑法は存在している。つまり、刑法は裁判官を縛るための法で、刑法を破れるのは裁判官だけ。では次、

刑事訴訟法を破れるのは...?

そもそも刑事訴訟法というのが私は分からなかった。簡単に言うと、取り調べの際の手続きの仕方。ということは、破ることができるのは、、、行政権力、検察官となる。上は法務大臣から下は警察官まで、お上と呼ばれる人たちを縛るために刑事訴訟法というのは存在する。

ここで小室先生は面白いことを言っていた。
「裁判=真実を明らかにする場」みたいに思う人が多いと思うけれど、裁判で裁かれるのは行政権力の代理人たる検察官だからね、と。さらには、刑事裁判において被告は有罪が確定するまで無罪と見なされるのが近代デモクラシーの鉄則だと言っていて、判決が確定するまで犯罪者は存在しないため「犯罪者を裁く」という表現はありえないって。

しかし、なぜか日本人は、とくにマスコミはお上を信頼してならないので、まだ判決が出ていない段階ですでに犯罪者扱いをしてしまい、いつもおかしな方向へと走ってしまうことが多く、松本サリン事件の河野さんのような人が出てきてしまう。つまり、冤罪ってこと。さらに、検察に目を付けられて訴えられたら一巻の終わりで、有罪判決が下される率は99%以上と書いていたので、これにもびっくり。

そして小室先生は続けてピシャリ!
『検察官や刑事にろくな奴はいない、国家権力を背負っている連中は拷問やらでっち上げやら、何をしでかすか分からんぞ!ひどい犯罪者が無罪になることもあるかもしれん、しかしその害より権力のほうが文句なく大きいんだ』と言っていた。


私の父は時代劇が大好きで、よく大岡越前や遠山の金さんなんかもよく見ていたけれど、、小室直樹に言わせればこの2人はとんでもないことをやっていることになる。自分で捜査をし、証拠を集め、判決を下し、さらには無罪の民の弁護までやる。つまり刑事・検事・裁判官・弁護士、4役すべてを一人でやってしまっているのだ。確かにヒーローかもしれないけれど、今の時代にこんな人がいたら大変なことになるだろうね。



さて、ここで憲法に戻ろう。
憲法=国家権力を縛るものだと前回書いたけれど、国家権力というのは最大級に恐ろしいものなのだ。警察だって軍隊だって動かすことができるし、私を犯罪者にすることなんて権力を使えば簡単なこと。暴走すれば化け物、だからホッブズによって国家はリヴァイアサンと呼ばれるようになった。リヴァイアサンって旧約聖書に出てくる怪物なんだって。それくらい国家権力って危険なもので、だから憲法でしっかり縛っておかないといけない。そのための憲法なのだ。



そんな憲法を今、改正するか守るか、そんなことが討論されている。
すごいことだよね、皆で考えなきゃね。


さて、小室先生はその問題についてなんと言っているのか。


護憲とも改憲とも言えません。だって、今、憲法は死んでいるのだから。



気になるよね〜。つづく

2012年12月25日火曜日

お勉強にっき その①

今回からお勉強にっきと題して、日頃調べていることや読んだ本について、私なりにまとめて書いてみようと思う。帰国してからはもっぱら憲法・天皇をキーワードに調べているので、しばらくはこのネタになると思うけれど、小学生にも説明できるぞ!という気持ちで書くよ。


さて、今年のクリスマス、私はとある本に出会ってしびれていた。
「これ、面白そうでしょ?」と差し出されたのは小室直樹の『日本人のための憲法原論

まだざっとしか読めていないのだけど、ニヤニヤするほど面白い。憲法だなんて、ちょっとお堅い響きではあるのだけど、この面白さが皆に伝わるといいなぁなんて思っている。


今でも護憲・改憲問題で世間はワーワー言っていて、そしてなんだかんだ言い合いになるのは9条、護憲派は「軍隊を持つなんて、あの戦争から一体何を学んだんだ」と言い、改憲派は「よその国に作られた憲法でいいのか」とか言う。さて、憲法改正問題について皆はどう思っているのだろう。


そもそも憲法とは何なのか
小室直樹は「憲法とは慣習法である」と言う。
初っぱなから分からなかった。しかし小室直樹×憲法で検索をしてみると、いくつかの著書で同じことを主張しているということだけは分かった。慣習とは言葉のままで、長い期間にわたって繰り返し行われてきたこと、ということだけど、国民全員が日々当たり前のようにとっている行動はそれが法として定められていなくても、同じくらいの力を持っていて、そういうのを慣習法と呼んでいる...みたい。しかし、日本国憲法は慣習法ではなく成文法(手続きによってきちんと制定された法)とされていて、小室先生の意見とは違うんだよね。...このへんはちょっと曖昧なので、また今度。


とりあえず分かるところから。憲法って誰が守るものなの
言い換えると、誰に対して作られたものなのか。以前から軽くは調べていたので、私もちょっとは知っているつもりだった。なので、「憲法は国家権力に対して存在するものです、つまり守るのは国家です!」と心の中で答える。しかし、読み進めていくと、私の理解は本当に甘いものだったということが分かった。

では、憲法を破れるのは誰ですか?

本に書いてあった例を挙げると、たとえばお父さんが子どもに対して「お前の言うことなんか聞かん!」と言ったとしよう。するとちょっと知ったような子どもは「お父さん、それは言論の自由を侵している。憲法違反!人権侵害!」なんてギャーギャー騒ぐ。さて、お父さんは憲法違反をしていると言えるのか。じゃあこっちはどうか、会社で部下の意見を上司が圧殺しようとしている。これも憲法を破ったことになるのか?

ここで、もう一度「憲法を破れるのは誰か?」という質問に戻る。憲法は国家権力に対して作られたもの、つまり憲法を守るのは私たち国民ではなく国家。ということは、憲法を破れるのは国家しかない。国家が国民の自由を奪えば違反になるので、さっき挙げた例で憲法違反を出してくるなどチャンチャラおかしいということになる。もしどうしても訴えたければ名誉毀損や脅迫、営業妨害で訴えろと小室先生は言っていた。なるほど。



憲法は国家権力を縛るためにあって、国民が守る法ではない。

じゃあ国民が守らなければならない法とは何なのか、なぜ憲法で国家権力を縛らなければならないのか、、、明日につづく。





※慣習法のところ、一度ごっそり書き直しました。

2012年12月18日火曜日

そうだ、韓国へ行こう

アニョハセヨ。
真夜中の韓国海苔はなんだかチョット寂しい。

先日、涼子と韓国に行ってきた。涼子というのは短大時代のあだ名で、ちなみに私はキャサリンだった。涼子ってなんとなく清楚な感じがする、ただそれだけで決めた気がする。そんな涼子と卒業旅行以来の韓国へ。

韓国へ出発する5日前、涼子からLINEが入った、「週末韓国どう?」と。もちろん私は断る理由もなく、私たちはスカイプをしながら航空券を探し始めた。安そうなものを見つけては問い合わせの繰り返し、しかし思うような値段では見つからず、結局エアアジアを使うことに。最初からエアアジアは候補に上がっていたのだけど、最後まで決まらなかったのは成田便しかないという理由だった。やっぱり成田は...遠いのだ。

しかしLCCは安くて本当に有り難い。エアアジアだと成田〜仁川で安いときは10000円を切るらしい。実家に帰るより安いとはこのことなのね。国内線もこんな風にモット安くなればいいのにと思っていると、さっき涼子から画像が送られてきた。「スカイマークの国内便が10000円」という看板。さっそくそれを使って九州へ行こうと、私の頭の中はすでにそのことでいっぱい。まだ取れるかしら。


話は戻り、とにかく良い旅行だった。涼子はプラン作りの才能があり、涼子と何処かへ行くと必ずその土地が大好きになる。今回もますます韓国が大好きになって帰ってきたのだけど、それ以上に韓国人を見習いたいなと思うところがたくさんあった。渋谷の飲食店やファッションビルで、どれだけ韓国語が通じるのか試してみたいほど、ソウル市内はびびるくらいに日本語が通じた。私が英語で聞くと、日本語でいいよと何度言われたことか。帰りの便では後ろに座るコリアンボーイの流暢な日本語にショックをうけながら(良い意味で)、なんで私の横じゃなかったんだよと座席の間から話に混ぜてほしくてウズウズしていた。

その男の子は憲法改正から恋愛まで色んな話をしていた。私も韓国語を話せたら韓国人に聞いてみたいことが山ほどあるのになぁと、隣りに座っている涼子に「よーし、韓国語勉強しよう。あ、でもドイツ語もやるんだった、あ、中国語もいいよね」なんて、とりあえず宣言。ちなみにその男の子の話を2時間盗み聞きしていたのだけど、徴兵制の話がとても興味深かった。こちらにとっては1つ1つが新鮮な話ばかりだったのだけど、その子に言わせれば、「徴兵制がある国ではこんなのアルアル話だよ」と。ああ、思い出すだけでなんで私の横は普通のおじさんだったんだよ、と思う。いや、機内販売をあんなに利用しているおじさんは初めてだった。座席の前に入っているカタログであんなに買い物するなんて...


とにかく、韓国も外国人に優しい国だと思う。相手に本当に優しくなれるのは、相手のことを知らないとできないと私は思うのだけど、韓国人が海外にたくさん出ていることがちゃんと韓国に反映されている、もしくは今後もっと大きなパワーになるんじゃないかなと思う。日本は元から優しい人ばかりだし、口に出さなくても察することができる能力が高いから、相手を知ろうとする気持ちが強くなれば、もっともっと良い国になると思うんだけどなぁ。もちろん相手だけではなくて、自分を知ることも大事なのだけどね。ここもバランス。




では、アンヌンヒ ズムシッシオ!(おやすみなさい)

2012年12月10日月曜日

おいしいトマトとは

先日皆でランチをしたときのこと、飛騨トマトの話が出た。そこで働くお兄さんがそのトマトを取り寄せているんだとか、そんな話だったような気がするのだけど、私は別のトマトのことを思い出していたので、あまり話を覚えていない。

確かにね、飛騨トマトは美味しいと思う。取り寄せてまで食べる価値がある気もする。でも、やっぱりストーリーがあるトマトのほうが絶対旨いと私は思っている。例えば自分で育てたトマトとかね、絶対美味しいんだよ。私が思い出していたトマトというのは、お遍路で高知を歩いていたときの話で、あれは5月で天気も良く、結構暑い日だった。トマト農家の横をテクテク歩いていると、そこにいたオバちゃんに道間違っとるよ〜なんて言われて、まぁまぁトマトでも食べなさいと、もぎたてトマトを3個もらったのだ。そのあと宿に着いて、なまぬるいトマトでも食べるかと一口かじったところ、私は感動してしまった。うまいうまいと、大きいトマト3個をペロリ。こんな美味しいトマトがあったのか!と、トマトばんざーいと思いながらその日は寝た気がする。


上の写真は、先日 Kouちゃんと武蔵五日市へ滝を見にいったときのものなのだけど、このときKouちゃんの髪は良いかんじにソヨソヨとなびいていた。天然マイナスイオンをガンガン浴びて、私たちは気分良くなっていたのだけど、このマイナスイオンも今では当たり前のように機械で作り出すことができる。ドライヤーにも美顔器にもその機能がついていて、確かに効果もあると実際使いながら思う。しかし、やっぱりね、滝を見にいくというストーリーあってこそのマイナスイオンだからカラダは喜ぶんだ、と私は思っている。

もう1つ言えば、Achiyoさんというお姉さんからもこんな話を聞いた、「本物のアロマテラピーというのはね、実際に山のなかに入って、季節の花や植物の匂いを嗅ぐことなのよ」と。この話を聞いたとき、すごく嬉しくなったのを覚えている。

最近は、何かとすぐ手に入れられるようになったというか、多くのことが疑似体験できるようになったけれど、やっぱりそこに行き着くまでのストーリーが長ければ長いほど面白いなぁと思うようになった。取り寄せるのではなく、実際に行ってみるというのは、とても価値あることなのだ。



ということで、私は宇宙へ行くぞ。
宇宙までのストーリーはすんごく長くなりそうだね。

2012年12月9日日曜日

食の三原則


私の周りには食に対して愛情のある人たちがとっても多い。それは本当に嬉しいことだし、勉強にもなる。祖父母からは実際に野菜を育てるということを、主婦である友人からは料理の仕方を、一緒にゴハンを食べる仲間たちからは食べ方を、皆がわたしに色んなことを教えてくれる。

最近でも、無農薬の食材を使うだとか、電子レンジは一切使わないだとか、そういうことがまだよく言われるけれど、一番大事なのは「美味しいね、楽しいね、嬉しいね」という気持ちなんだなと、ついこの間、再確認したところだ。

今回引っ越すにあたって、炊飯器は買わず圧力鍋で炊くことにしたのだけど、買う前までは圧力鍋のメリットしか知らず、使い始めて数日後にデメリットを聞くことになった。確かに素早く美味しい料理を助けてくれる圧力鍋だけれど、やはり一気に加圧するため食材の繊維というか、栄養は破壊されるんだとか。まぁ考えてみれば当たり前のことで、食材だって、あんなお鍋の中に閉じ込められて圧力をぎゅーぎゅーにかけられたら、もうだめ〜って壊れるよね。とにかく、楽チンになる=何かしらのリスクが伴う、ということを、いつも忘れてはいけないなぁと思う。

そんな話を聞いて、「じゃあ圧力鍋なんて買うんじゃなかったなぁ〜」と言う私にKayoちゃんはこう言った、「だからと言って、圧力鍋を平気でポイして新しいものを買うという行為は、とっても悲しいことだよ」と。テレビでも雑誌でも、「実はあそこに落とし穴が、本当に良いものはこっち!」だとか、そういうことばかり言って、肝心なこと、例えばモノを大事に扱うとか、楽しく食べるとか、そういうことはあまり言わない。確かに、そんなことは当然のことなのかもしれないけれど、私はこういうことをちゃんと言ってくれる大人がそばにいて、本当によかったとその日思った。


誰かにゴハンを作る立場になれば、誰だって皆に良いものを食べてもらいたい、食べさせたいと思う気持ちは分かる。だからと言って、変に食材にこだわり過ぎたり、お金をかけ過ぎたり、食べるものを制限し過ぎたりと、それで皆がハッピーなら問題はないのだけど、果たして本当にそうなのか。もちろん全員のカラダのことも大事だけれど、食べるときの皆の表情を先に確認したほうがいいのではないかと思う。




今日はオススメの漫画を1つ。
『玄米せんせいの弁当箱』という漫画。主人公の名は結城玄米、すごいでしょ。食について考えるきっかけにもなると思うし、もちろん内容も面白い。私が思う主人公の良いところは、これは良いあれは悪いと判断しないところなのだ。さらに、働く主婦が料理に時間をかけるのが難しいことも分かっているし、核家族化で皆でごはんを食べるのが難しいのもわかっている。その他、いろんな問題をわかった上で食の楽しみ方を言っているので、私はそんな玄米せんせいが好きなのだ。





それにしても圧力鍋、
びびるくらいに早いんだよね〜。

2012年12月8日土曜日

SUSHIを食べるまで

いつだったか、毎日何かしら発信するというのも、何かの練習になるかなと思った時があった。それが先月の頭くらいの話、しかし今のところほぼ更新なし、が続いている。書こうと思うことは結構あるのだけど、それを書いたほうがいいのか、書かないほうがいいのか、そんなことで迷っているうちに寝てしまうのだ。


今日は朝から無性にお寿司が食べたいとずっと思っていた。宅配寿司のチラシを持っていたので、一番安いものを探してみると1000円ちょっと。寿司8貫か、丼物1つ。それなら歩いてスーパーに行けば580円で同じものが食べられると思い、宅配は却下。それなら近くに回転寿しがないかなぁと調べ始めると、自転車でちょっと行ったところに1件見つけた。しかしスシローでもなく、カッパ寿司でもない回転寿し。一人回転寿しをするときのマイルールは1皿100円なので、これも却下。電車を乗れば100円寿司もあったのだけど、電車を乗ってまで行きたくなかったのでこれまた却下。

こんな話を母親にするといつも笑われる。そんなに生活が苦しいの?って。おいおい、生活が苦しいというレベルは人それぞれだけど、私の場合、米に白胡麻と醤油をかけて食べるというのを生活が苦しいというのだ。寿司を食べようなんぞ思えるときは、苦しくともなんともない。それ(米×醤油)が2週間なんて続くとね、ちょっとめまいがする。と言っても私のギリギリ生活なんて可愛いもので、ホカホカご飯が食べられるだけで贅沢なのだ。さらに今日のことについて言えば、苦しいのクの字もないよ、ただ遊んでいるだけ。


いかに安く美味しいものを食べるか、私は楽しんでやっている。安く済ますという点では自炊という手もあるけれど、やっぱり一番は食べさせてもらう、またはお裾分けというパターンだ。完全にゼロ円なのだから、一番嬉しいよね。次は食材をタダでもらって自炊。その次に安いものを手に入れるとかね。高いものは絶対食べないとか、カラダに悪くてもとにかく安いもの!とか、そういうことではなくて、ただ単に"安く美味しいものを食べる"というのが私は好きなのだ。


この話は1人でいるときに限るので、誰かと食事をするときなんかは考えたこともない。その場合はあくまで食事の空間が私にとっては第一なので、お金のことはほぼ無視。お金はこういうときにどーんと使うんだよ、と昔から思っている。節約というのはケチということではなく、使うべきところにしっかり使えることを言うのであって、私はそういう節約家になりたいのだ。

で、今日の寿司が食べたいという件がどうなったかというと、結局自分でネギトロ丼を作って300円でお腹いっぱい食べたという結果に。250円の特売ネギトロに47円の大葉、酢飯は自分で作った。家の良いところというのは食べてすぐに横になれるという点、あれ最高。まぁよくよく考えてみると、寿司というより酢飯が食べたかったことにも気がついて、さらにはネギトロがアボカドとそんなに味が変わらないということも再確認して、私は大満足でポカポカカーペットにごろん。




写真はうちのすぐ近くの鶏肉屋さん。外で焼き鳥もジュージュー焼いていて、安いし旨い。おだんごちゃんと焼き鳥パーティーなんて、どうでしょう。今ならフレッシュ・ポンジュース付き。いや、やっぱり焼き鳥にはビールなのかな。

2012年11月20日火曜日

寝る子は育つ、ぐんぐん育つ

さて寝るかなーと思って時計を見たら19時26分だった。気分は21時半だったのに...さすがに電気を消すのもやめた。

今日は色んなことをしたつもりなのだけど、朝が早いおかげで夜はいつもこんなかんじなのだ。どんなに夜が遅くなろうとも、6時前後には目が覚める。しかし夜更かしもちゃんとできるのが私の良いところ、キッズとも言えるし、おばあちゃんとも言えるし、さらには20代女子とも言える。

そうなると、泊まりにきてくれるお客様にはちょっとしたご迷惑がかかる。きっと皆、朝はゆっくり寝たいだろう、できるものならお昼までゴロゴロしたいだろう。私だってそうしてほしい、けれど私は目覚めてしまうのだ。部屋の間取りは2DK、しかし襖をすべて取っ払ってしまったので、私がひっそり動いても至福の朝を邪魔してしまうのだ。とは言え、私から起きろとは一言も言わないので、ぜひね、泊まりにきてne.



今日は漫画を1つ読んだ、ずっと気になっていた かわぐちかいじの『僕はビートルズ』

全10巻、2時間ちょっとで終了。感想から言うと、面白くない。読み終えてすぐは少しショックだった、かわぐちさんがこんな安い漫画を描くなんて...と。しかしよく見てみると原作は別の人だった。それにしてもこの話を引き受けちゃうんだから、やっぱり...残念。しかーし、かわぐちかいじ、来月から新連載が始まるのだ。タイトルは『ジパング 深蒼海流』ですって、わくわく。

で、少し話は変わり、漫画を読まない人にはピンと来ないと思うけれど、私の10巻を2時間で読むのはちょっと早いのだ。別に早読みできてスゴいでしょ、と自慢しているわけではなく、漫画も色んな読み方があるのだよということが言いたい。私は漫画を読んでいるとは言え、やはり内容がすべてなのだ。絵が下手くそだろうと、自分の好みじゃなかろうと、読み辛かろうと、内容が面白ければすべて良しなのだ。逆にどんなに絵が上手かろうと、内容がなければポイ。そのせいか、昔から、1回目は絵も台詞も細かくは読んでいない。絵はイメージをするためのオマケみたいなもので、とにかく台詞をバーっと読み進める。さらに、手元にあるものは全て一気に読む、今回は10巻だったけれど、これが20巻30巻あったとしても休みなく読み続ける。気付けば朝なんてことはよくあることだ。そして面白いと思った漫画はまたすぐ1巻から読み直し、それは1回に限らず、3回、5回、多いときには10回、さすがに読み過ぎると飽きるけれど、それくらい1つの作品にのめりこむ。そのうち点メモまで始めちゃったりね、もう大変よ。

私とは逆に1回目からゆっくりじっくり隅々まで読む人もいれば、絵が好みじゃないと読まず嫌いの人もいたり、もちろんただの早読みの人もいるよ。効果音の「だだだだだだぁぁぁああああ!」の最後のアの字までしっかり読む人もいたりね、漫画にもいろんな読み方があるのだ。



この1年は勧めてもらったモノばかり読んでいたので、そろそろ自分でも新しい漫画を見つけるかな〜と、しばらくはTSUTAYA通いをしようかと思っている。コミックレンタルと漫喫、どっちが安上がりなのかしら。

2012年11月19日月曜日

焼きそばセットとピカソ

部屋に飾る絵を描いてほしいと妹に頼んだ。
前回は大きな画用紙いっぱいに私をカラーで描いてくれたので、私はなんとなく同じモノをイメージしていたのだが、持ってきたのはいらなくなった漢字プリント。できれば大きい紙だと嬉しいなぁ〜なんて遠慮がちに言うと、それならそうと早く言ってよと言わんばかりに階段をトントントンと登ってゆく彼女。朝の7時だと言うのに足取りは軽い。

描いているのを横で見ながら「ああ、子どもにはかなわんなー」と思うしかなかった。なぜかって、大きい画用紙の10分の1程度に私の顔を描いて「はい、どうぞ♡」と言われたのだ。残りの余白は関係ない、私の中には無い感覚だった。そのまま受け取ろうとも思ったけれど、お願いして余白にも何か描いてもらうことに。そして私はまたビビる。やっぱり子どもはすごいのだ。先日、前回(妹に)描いてもらった絵を見た人が「ピカソもこの絵には敵わないね」なんて言い、さらには「画家たちが子どもの絵をマネしたんじゃないかなぁ」と言っているのを聞きながら確かにそうかもと思っていた。そして今回横で見ながら、私は完全にやられてしまった。す、すごいぞ。




そんなこんなで、またちょくちょく更新します。
おだんごにっき東京編はじまり。

2012年10月16日火曜日

Some Like It Hot

今の今まで、マリリンモンローなんて名前と顔くらいしか知らなかったけれど、さっきこの映画を見てやっと分かった、皆が彼女に惹かれる理由が。

こんなに可愛らしい人がいたんだね〜。
それにしてもこの映画、面白いね、笑えた。


2012年10月15日月曜日

風邪のときはおとなしく

プールに行けば風邪も吹っ飛ぶかなと思ったけれど、そんなこと、あるわけなかった。おかげでますますひどくなる。

久々のプールは楽しかったけれど、たった100M泳いだだけでもうフラフラだった。Hey, lazy girl!と言われ、ブクブクブクと水の中に隠れる。フラフラだったのは元から体力がないだけなのか、風邪で若干弱っているからなのか、微妙なところ。

プールには素敵なインストラクターがいて、その彼が見える範囲ではいつもお腹をひっこめていた。コンラッドと彼が知り合いで、彼らが話しているときはいつもコンラッドの後ろに隠れ、「どーも」という感じでさらにお腹をひっこめていた。そんな夏がすでに懐かしい。
それから数日後、友人の家の晩ご飯に招待されたので行ってみると、なんとその彼がいたのだ。「あ...プールの...!」『あ...君は...!』なんていう夜の再会。その友人の親友だったらしく、服を着ていてもやはり彼はまぶしかった。名は"アンドリュー"、リューのところを巻き舌でね、ウィーンでは有名な水泳選手だったんだとか。それから皆で仲良く食事をしていたのだけど、どうも気になったので聞いてみた、

「ところでさ、この可愛い子ちゃんたちは誰の子?」

『僕の娘だよ』

と、あんどりゅー。もうそこからはお腹をひっこめることもなくなった。しかし、どこへ行っても子どもは可愛いし面白い。ロンドンでは「おだんごの子どもが早く見たいよ」と何度も言われたけれど、私の子どもだなんて、なんだか笑える。おだんごに こだんご。


Facebookでは皆の結婚や出産話で毎日のように盛り上がっている。私はこの半年間、「私は一体何がしたいんだ?」ということを考えてきた。それは出会う人、行く場所によってコロコロ変わって、例えば教育に携わっている人と話すと「子どもたちと一緒に何かやりたい」と思うし、自然のなかに行けば「毎日この星空が見えるところに住みたい」と思う。皆と踊りに行けば「ダンスができればあとは何でもいいや」、博物館へ行くと「やっぱ宇宙に行かなきゃな」、旅人に会えば「私も世界中を周りたい」、のんびりした生活を送ると「田舎で畑を耕すのもいいな」、仲間に会えば「やっぱり街に住もう」とか。

でも最終的にこう思った。どんなにやりたいことがあっても、どんなに住みたい場所があっても、大好きな人に「一緒にこい」なんて言われたら、一旦全部捨ててそっちに行くんだろうな、と。そしてそこで、また自分の楽しみを見つける。「やっぱりね、一番は愛なんだよ」と、旅の後半は皆によく話していた。それがどんな山奥だろうと、田舎だろうと、野宿生活だろうと、漫画が読めなくなろうとも、私には関係ないのだ。それまでは気の向くままに、やりたいことをどんどんやろうと今はそう思っている。

つい数ヶ月前までは「何か」を見つけたかった。私の使命というか、私に一番向いていること、自分の能力が一番発揮されるもの、自分を満たしてくれるもの、とにかくハッキリした何かが欲しかった。しかし最近はそういう気持ちもなくなり、「何か」にこだわるよりは、どんな場所でも何をしていても、私らしさが出せて、何よりも楽しめれば、そのほうがいいじゃん、と。それにね、どこででも楽しむというのは結構難しいものなのだ。



そんな思いをもって、日本に帰るぞー。

2012年10月14日日曜日

そろそろ冬がやってくるぞー


昨日から鼻がじゅるじゅる、くしゃみも出る。鼻風邪なんかに負けてられんと今朝の新聞の数独を解いていると、あっけなく負けた。新聞のくせに難し過ぎるんだyo。数独が得意だと思っていたのに、私って至って普通のレベルだったんだなぁ。

2日前から寝付きが悪い。なぜかってパソコンをしているからなのだ。ホステルにいた頃は多少パソコンを開くものの、まぁ人と話すし、23時頃には部屋の明かりも消えていたし、寝る前にパソコンを触るという機会がほとんどなかったのだ。ウィーンに戻ってきてからは贅沢にも1人部屋でネットもつながる、寝る前はずっとパソコン、そりゃ眠れなくなる。夜はなるべく電子モノをいじるのはやめよう。そして昼間はお日様をいっぱい浴びよう。



帰国しようと決めてから完全に気持ちが次へと移ってしまい、今の状況が落ち着かない。考えれば考えるほど、ああしようこうしようと考えが出てくるので、来月帰国する予定が今月末へ、さらに今月末が再来週へと早まった。また、来年から東京に住もうと思っていたのだけど、来年まで待つ必要があるのか?と思い、すでに物件探しを開始する。仲介業をしている友人に、この条件でよろしくとメールをすると「これ女の子の言うような条件ではないね」と返事がきた。確かに、以前住んでいた頃の条件とは真逆だ。そうだ、お引っ越しパーティーをやろう。




今朝、今後のことをコンラッドに話していると、やっと働く気になったか!と笑われた。これまでずっと「まだ分かんないよ〜」とばかり言っていたので、私自身話せて嬉しかった。「これまでの経験がきっと役に立つよ、応援してるからね」と真顔で言われ、鼻をじゅるじゅるさせながら、へへへと笑う。特にこれといった職を見つけたわけではないけれど、どこで働いたとしても、私の思いが色んなカタチでそこにうまく入っていければいいなと今は思っている。そしてまた2年後、再び海の向こうへ行く、予定。ちょっとね、ワンピースみたいでしょ。


それにしても2年後なんて、まったく想像ができない。
またジャンプ読んでたりしてね。

2012年10月12日金曜日

お母さんのゴハンなんて恋しくないぞ、と言ってみる

音楽家のお墓にお花をそえに行くという、子どもの頃からちょっと憧れていたことをやってみた。
敷地のなかに観光バスが走っちゃうくらい、とんでもなく広くて華やかな墓地。と言っても街中に比べれば人も少ないので、のんびりできる。ここに眠っている音楽家の中ではモーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ブラームスくらいしか知らなかったけれど、それでもね、ちょっと感動した。

縁あって幼稚園の頃からピアノを弾いていたけれど、20歳を越えるくらいまではピアノがそれほど好きでも嫌いでもなかった。クラシックを聴くのは好きだったけれど、とにかく練習が嫌いだったので、中途半端にピアノと付き合うこと十数年。なぜのめり込めなかったかというと、「表現」というものがよく分からなかったからなのだと思う。楽譜には「ここは強く!」「だんだん弱く」「ゆっくり弾いて」とか、いろんな表記があって、先生からも「ここでテンポ上げて」とか、まぁ色々言われてきた。確かにその通りに弾くと、ピアノ分かってますよ〜みたいな感じで聞こえるのだけど、私の中ではしっくりきていなかったのだ。

そして数年前のお正月のこと、のだめちゃんの再放送を見たのがきっかけで、初めてピアノが弾きたいと心から思って椅子に座った。そのときは確かベートーヴェンを弾いたのだけど、なぜだか悲しくて仕方がなかった。この曲切な過ぎるんだよ!と母親に話しに行き、さらには1つ1つの和音に感動して、同じところを何度も弾きまくった。音楽と哲学がつながっていると言われる意味が少し分かった気がした、そんな夜だったのだ。それから音楽家のことだったり、曲の背景だったり、そういうことも調べるようになり、1曲1曲が本当に面白く感じるようになった。


次回一人暮らしをするときは、電子ピアノでも置いちゃおう。




なんて、キレイなことを書いているけれど、実は朝からイライラしっぱなしなのだ。両親に腹が立って仕方がない。しかし、おかげで気付いたこともある。ある程度親離れができているつもりだったけれど、まだまだだった。最近思うのが、完全なる独立への道は怒りが必要なんだ!ということ。もちろん怒り=嫌うってわけではないよ。

今日は私もイライラ、コンラッドも忙しくてピリピリ、二人して朝から眉間にしわを寄せていた、そんな一日だったなぁ。

2012年10月10日水曜日

アニキ(金本)が引退したんだってね

ただいまウィーン。
なぜだか分からないけど、お互い顔を見た瞬間大爆笑だった。それから晩ご飯で食べたイカにあたって一緒にお腹を下した。おかげで小腹が空き、ブルーチーズを食べながら今はオペラを聴いている。

ウィーンへ着いたとたん復活した。
ずっと知らない土地を一人で移動していたので、知らぬ間にストレスを感じていたのだなと駅に着いて気付く。電車を降りると知っている風景で一気に気が抜けた。もう大体の方角は分かるし、地下鉄やトラムの路線図がほぼ頭のなかに入っているので、変に遠出しない限りは迷う心配がないのだ。いつものんびりしているつもりでも、結構気を張っていたんだね。誰かと一緒に道に迷うと不安も半分こできるのだけど、一人で迷うと不安は倍増。地図を読むのが下手くそなので、人に聞いてはの繰り返し。そんな毎日は確かに面白いのだけど、その分エネルギーも必要なのだ。行ってみて気付くこと、帰ってみて気付くこと、今回も良い収穫だった。またNZに戻ったら、日本に帰ったら、それだけでまた何か発見があるんだろうなぁ。

昨日"飽きた"なんて書いてしまったけれど、決してネガティブワードではない。まだまだ行きたい場所は山ほどあるし、旅が嫌いになったわけではない。ただ、今の自分の旅のやり方に飽きているというだけで、今後はもう一工夫必要だなぁと思っている。まだまだ、私は旅のひよっこなのだ。




今夜は久々の一人部屋、なんだか贅沢な気分。

2012年10月9日火曜日

これからどこへ

一人旅も今日で終わり、明日の夕方にはウィーンへ戻る。

この1ヶ月を振り返ると、まぁ色んなことがあった。カラダも疲れていたし、頭の整理も追いついていなかったので、ここ2,3日は「ああああー疲れたぁー!」とばかり思っていたのだけど、今朝散歩をしながら漸く気持ちの整理がついた。おかげで気分もすっきり。足取りも軽くなり、小さな山(丘か!?)を3つも登った。登りながらやりたいことが山ほどでてきて(そんなに大したことではないけど)、久々にワクワクした。もう27歳までのプランもでき、あとは実行するだけだなとニヤニヤしながらモーツァルトを大音量で聴く。

ヨーロッパに入ってもうすぐ2ヶ月が経つのだけど、「これ以上旅を続けたら飽きて嫌になる」と正直思っている。ここ1週間なんて特にそれを感じていて、誰かと話す度に「飽きないの?」と聞いていた。すると私と同じくらい、もしくはそれ以上旅を続けている人たちは言う、「飽きるよね」と。もちろん最高だよと答える人もいた。バッパーの先輩たちの話は面白い。しかも何を言っても「あんたまだ25でしょ!」とゲラゲラ笑ってくる。それに比べ、夏休み中の大学生(日本人)は正反対だった。ちゃんと仕事について、結婚して、30歳までには子どもがほしい、そればかり。なんでそう思うの?と聞くと、ご両親がそうだったからなんだそう。それで今自分はとても幸せだから、同じように自分もやりたいんだとか。それも良いと思う、私も学生のときは同じことを考えていたので気持ちも分かる。ま、色んな生き方があるってことだね。


まぁ話は飛んだけれど、おだんご、近々帰国するかも。これも飛び過ぎか。



今日の午後はずっと博物館にいた。私は美術館より博物館派なので、大体どこの街へ行っても博物館には必ず行く。博物館の何が良いって、私は恐竜と鳥と石と宇宙が好きなのだ。なんだか子どもみたいだけど、子どもより興奮していると思う。ザルツブルクの博物館はとにかく石コーナーがいっぱいで私的には最高だった。宇宙コーナーでは本物の隕石を触り感動。隕石が落ちたらどうなるかという映像(振動付き)に興奮して3回も見た。さらにシャトルミッションの映像もあり、床に座り込んで全種類を見る。最後は月面着陸の模型の前で、私もここに行くんだなと気持ちを高めた。

おいおい、ザルツブルクにいるんだろ!と天の声が聞こえ、しぶしぶ博物館を出てモーツァルトの家へ向かう。普通の黄色い家だった。ああ、ピアノが弾きたい。





とにかく、今回旅に出て本当によかったと思っている。
知りたかったこと以上のことが分かり、さらにはたくさんの出会いもあり、大満足。まだまだ私の旅は始まったばかりなんだなぁと、これからも楽しみでたまらない。


『未来はいつも面白い』
爆笑問題の太田さんが言ってた、お気に入りの言葉。

2012年10月7日日曜日

ケロケロ、雨のケルンより

けろけろケルン、オランダを離れドイツ・ケルンにいる。
昨日今日と泊まっているホステル、どんな部屋割りしてんだよ!と思うほど、部屋には男5人と私1人。今朝目が覚めたときが一番びっくりした、裸の男たちがむにゃむにゃと寝ているのだ。まるで自分家のように過ごしているので聞いてみると、旅行ではなく、働いていたり勉強していたりと、もう結構長くいるんだとか。とにかく男臭いので換気をさせてほしいのだけど、寒いのでちょっと窓が開けられない、そんなちっぽけな悩みを抱えている。

色々あって使えるお金が残りわずかとなった。1日の食費も3ユーロ内、コーヒーなんて贅沢なもので、もちろんカフェには入れない。ウィーンまでの電車賃、残り2日の宿代を差し引くと、15ユーロ。クレジットカードを頼りにしていた自分が少しバカらしくなる、あんなのただのカードなんだよ。今日はもし本当にお金がなくなったらどうしようかと歩きながら考えた。宿で働く、モノを売る、お金を送ってもらう、まぁそれくらいしか思いつかないけれど、とりあえずは生きて帰れそうだ。そこまで重くも考えていないけれどね。

今日はゲシュタポハウスに行ってきた。ナチスドイツ、ゲシュタポ。ほとんど人がおらず、シーンと薄暗いなかを一人歩く、入って5分くらいで頭が痛くなった。本当にこんなモノがそこら中に建てられていたのかと思うと、気が狂っているとしか考えられなかった。あの分厚い扉に狭い部屋、薄暗くて壁は冷たく、あんなところに監禁され、さらには拷問され、、、しかし想像はあくまで想像、私の想像をはるかに越えるものがそこでは起きていたのだろう。オランダにいたときも、戦時中につくられた地下室を見せてもらい、今は物置になっていたけれど、話を聞いていると生々しく感じた。これでもまだ戦争したい、もしくはしてもいいと思う人が実際にいるんだから、私には全く理解ができない。

最近岡田斗司夫の本を読んだので、こう思うのだけど、まだ100年も経っていない時代のことを狂っていると考えてしまうのだから、50年100年後の人たちが今の時代を見れば「よくもまぁそんなことやっちゃって、気が狂ってるとしか思えないyo!」と言われる可能性も大なのかなぁなんて。私は今、どんな時代に生きて、何をしているのかな。



明日はモーツァルトの街、ザルツブルクへ行く。
一人旅も残りちょっと、明日は晴れるといいな。

2012年9月24日月曜日

帰国して一番にやりたいこと

昨日からまた船宿に泊まっている。
揺れることはほとんどないのだけど、水の上のせいか、やはり陸より寒い。今日は雨なので一段と寒く、日本の感覚で言えば冬の始まりといったかんじ。外に出るときはコートは着ていないにしろ、4枚重ね、一番上はマウンテンパーカー。そこにさらにストールを巻く。動いていないと寒い、そんなオランダ2日目。

一昨日までの街、Antwerpenに住んでもいいと書いたけれど、今いる街Maastrichitのほうが好きだ。両方とも私の大好きな長崎に似ていて、さらに言えばMasstrichitのほうがより近い。やはりオランダと長崎、つながっているのね。ここにある教会は可愛い、どこに行っても教会があるので見飽きたかなと思っていたけれど、そんなことはなかった。しかもね、暗すぎてマジなかんじ。マジなかんじだなんて軽く書いているように思えるけど、地下室への秘密扉みたいなのもあって、なんだかちょっと怖かったのだ。ダン・ブラウンのロストシンボルを思い出す、ダヴィンチコードの作者ね。まぁでも、なんだかんだ言っても教会は素敵だ、歴史を感じる。

昨日ふらふら街を歩いていると、とあるおじさんに声をかけられ、本屋さんに連れていってもらった。それがまぁ素敵で、教会のなかの本屋さんだった。「素敵」以外、日本語が思いつかないのだけど、とにかく洒落ていた。日本にもないのかな、お寺の本屋さんに神社の喫茶店。船の宿もね、意外と心地が良くておすすめなのだ。ほぼお湯の出ないシャワーだけが問題なのだけど、安いしね、眺めも良い。しかしね、お湯が出ないということは、浴びるのも結構気合いがいるもので、昨夜は全然気合いが足りなかったので腕だけ濡らして止めた。まぁね、いいのよ、デート前じゃあるまいし。それにぬるま湯の宿はよくあるので、もう気にしない。

日本の民宿の良いところは、ほぼ湯船がついているということ。やっぱり私も日本人なんだなぁと思う、湯船につかりたいのだ。お遍路をしているとき、タオルも無ければシャンプーも無い、石けんのみの民宿ばかりだったけれど、湯船はあった。帰国して一番にやりたいことはお風呂に入ること。もう決めている。



知らぬ間に雨が止んで太陽が出てきた。
今日は少し歩いて洞窟へ行く。

2012年9月23日日曜日

甘いにおいに誘われて

Antwerpen, ベルギーで2番目におっきな街。
私はよく知らないけれど、フランダースの犬の舞台となった街で、その大聖堂の前だけは日本語で何やら書いてあった。私はこの街がとても気に入って、おだんご住みたい街ランキングTOP10に入れた。ここでは自転車が無事借りられて、昨日今日はガンガン走った。と言ってもママチャリだけどね。あーんなに石畳の上を走りたかったのに、思った以上にゴットンゴットン揺れて、結局石畳を避けて走ることに。ほんとにね、ゴトゴトではなく、ゴットンゴットン揺れるのだ。ものすごい振動で大変だった。

ベルギーに入ってからよく「ニーハオ」と声をかけられることが多く、私もニーハオと返す。毎日4,5回は言われるニーハオ、ベルギーには中国人が多いのかな。この街にはチャイニーズ通りのような所もあって、そこに行くと一瞬ベルギーを忘れるほど。そう言えば、オランダ語でこんにちはって何って言うんだ?


明日、また別の街へ移動する。次はオランダ。
海外の一人旅だなんて無理!と前は思っていたけれど、やってみると案外できるもので、一人旅の先輩たちの「無理じゃないよ、おだんごもできるよ」という言葉がやっと分かるようになった。もちろん今は治安の良い場所を回っているので、明日からインドへ行けと言われるとちょっとビビってしまう自分もいるけれど、まぁ「無理だ」と思うことはもうないだろう。この世の中、無理なことなどそんなにないものだ。無理と言ってやらないだけなのだと思う。やってみると案外...なんてことは山ほどあるんだろうね。




街ではワッフルの匂いがぷんぷん。
うんまい!

2012年9月20日木曜日

雨のなかのコーヒーはうまし


先日面白いことを聞いた。旅行に行く前は、その1~2週間前からすでにそこ(目的地)にいると思って時間を過ごすんだとか。それを聞いてから、気分はもうフランスだったのだけど、着いてみたらイメージのフランスよりもっとフランスだった。意味わからないでしょ。

石畳ばんざーい!なんて思っていると、クレジットカードが使えなくなった。始めは駅、チケットを買おうとカードを出すと使えない、あれれと思っていると宿でも使えない。あれれれれ。手持ちの現金があまりないのでちょっと不安になる。気を取り直して街へ飛び出すと、レンタルサイクルが目に入った。ロンドンでもウィーンでもそうだったけれど、街中での自転車サービスが充実しているのだ。かなり便利。どうしても石畳の上をゴトゴト走りたかったので、レンタルしようと機械を操作し始めるも、カードのみOKの表示。次こそはとカードを突っ込むも、やはりダメ。あぁ、憧れのツールドフランスが、、、というか、カードが使えないという不安が襲ってきて少し萎える。しかし、不安がってもどうしようもないので、キヨシローを大音量で流した。アップトリム!


今はすでにリールを離れ、ヘント(ゲント)という街にいる。ベルギー。電車から外の景色を眺めていると、なんだか懐かしい気分になった。建物は違えども、うちの田舎に似ているのだ。もちろん今の地元ではなくて、私が小学生くらいまでの話だけどね。そんなことを思いながらのんびりしていると、なんと違う電車に乗っていた。もうすぐ着く?と向かい合わせになったお姉さんに聞いたところ、これブリュッセルに行っちゃうよって。がーん。どうやったら間違えるんだ?と自分でも分からなかったけど、とりあえず降りて反対側で次の電車を待つことに。45分待ち、うちの地元より車の通りが少ない田舎へやってきた。とりあえずちょっと歩く。そして再度電車に乗り込み、車掌さんにあーだこーだとチケットがないことを許してもらう。

それから無事ヘントへ着いて、トラムに乗って宿へ向かう。ベルギーのトラム情報を読んでいると、ウィーンと同じでタダ乗り可能っぽかったので、一応後ろから乗り込んで様子を見る。何もせずにいると、ちょっと皆に見られた。それでも責められることはなかったので、さらに様子を見る。やはりね、ほぼ皆が払っていた、当たり前か。それから何度かトラムを使ったけれど、払っていない少年がいると皆が冷ややかな目で見ていたし、逆にキャピキャピした女の子たちまでもちゃんと払っていた。コンラッドに聞いたことがある、"トラムもバスもタダなの?"と、すると"僕たちだけ特別なんだよ"とウィンク。ベルギーって意外と日本と似ているのかもね。


今日も日の入り前から雨が降り始め、散策を切り上げ宿に戻る。今日の宿はボートなのだ、いや船型ドミトリーというのだろうか、とにかく川に浮いている。てっきり川沿いの建物だと思っていたので探すのに苦労した。同じくバックパックを背負った人を見つけたのでついていくと、たしかにその船の入り口に宿の名前が書いてあった。しかも住所もちゃんとある。川の上の住所って面白いよね。


明日はまた別の街へ移って、それからそこで3日間過ごす。
のんびりのんびり。


2012年9月18日火曜日

ロンドンでモアイと初対面する

相変わらず私って行動範囲が狭いなぁと思う。
昨日Skypeをしていて、どこに行ったの?と聞かれたので、当たり前のようにロンドンをぐるぐる回ったよと答えたけれど、またしてもロンドンから出ていない。だってロンドンって広いんだもんと言い訳をしたけれど、今思えば2日くらい遠出をしてもよかった。すでに遅し!
まぁ1ヶ月ウィーンから出なかった記録もあるので、それに比べれば初日から電車やバスに乗ってお出かけできている今。私だって成長しているのよ。

それにしても、偉そうにガイドブックに頼りたくないと書いたけれど、私も対して変わった旅をしているわけではない。なんでもいいんだ、飛び出すことに意味がある。初めて行く場所にはやっぱり不安はあるけれど、不安の裏側には興奮。今ものんびりコーヒーを飲んでいるように見えるけれど、コーヒーの味がちょっと分からない。そう、これからまた移動なのだ。

フランスにちょっとだけ寄る。1泊しかしないけれどリールという街。
リールにもおっきな美術館があって、いや、"おっきな"どころではない、ルーヴルの次だと言われるくらいなのだから、さぞ有名なのだろう。とまぁ、そこへも行く。ロンドンの美術館、博物館は本当に大きくてびっくりした。1日1つでお腹いっぱい。しかもそれが入場無料なのだから、ロンドンって太っ腹なのねと何度も思った。しかし、ピンとくるものはほとんどなく、私が気になるのは石の展示コーナーばかり。これがまた人気がなく、私はのんびり石を見れるので個人的にはハッピーなのだ。LAで行ったジョシュアツリーという場所でも、しっかり石ころ採取をした。が、今回は荷物を増やせないので、持って帰ってきたのは小さいのを2個だけ。そしてその2個の代わりにTシャツを一枚捨てた。荷物は増やさない、それだけが私の旅のルールなのだ。話がコロコロ変わる。



ロンドンで1週間過ごし、何をしていたかというと、これがまたいつもと変わらない。街を散歩して、本を読んで、お昼寝をして、ゲラゲラ笑って、お別れで泣いて、、味気ないなと思われるかもしれないね。エラハッドと過ごしていると、やはり知り合う人も年配の方が多く、丸1日おじさま2人と遊ぶのも楽しかった。おじいちゃんおばあちゃん達を見ていると、昔の習慣というか、レディの扱い方が半端ないのがよく分かる。私も終始"プリンセスおだんご"と呼ばれ、椅子を引くのは当たり前、車のドアを開けるのも当たり前、さらには私のどぎついピンクのパーカーまで脱がせてくれていた。そこはホテルではなく、家の裏にあるガレージだったり、その辺のカフェだったり。プリンセスと呼ばれるのも悪くないね。



お、そろそろ出発の時間だ。

2012年9月17日月曜日

おひるね調査


ロンドンに来て5日目、ライラ(奥さん)ともちょっとずつ距離が近づいてきた。一昨日の夜やっと名前が分かって、それからライラライラと名前を呼びまくっていると向こうから話しかけてくれるようになった。ライラは英語がほとんど話せないようで、引きこもっていたときの私と雰囲気が少し似ている。ほぼ家にいて、話すのはエラハッドくらいなので英語も必要ないのだろう。彼ら夫婦は70~75歳くらいなので、私にとっては最年長のお友達だ。

ロンドンは東京とかなり似ている。建物はレンガ造りでまさにロンドンという感じなのだけど、観光客で人は多く、地下鉄も似ているし、物価は東京以上。さらには右ハンドルの左レーン、ロンドンもどうってことない。予想外のことと言えば、すでに寒いこと。街ではコートを羽織った人を見かけるし、ニット姿の人も多い。9月はまだ暑いだろうと思い、薄着しか持っていない私は今、毎日同じロンTを着ている。LAでは海に入ったほど暑かったのに、もうビキニもキャミも短パンもワンピースも、ここではすべて役に立たない。すでに秋。何か1枚くらい買っておこうと思ったけれど、安そうなお店がどうも見つからない。困ったなぁと思っていると、ZARAの紙袋を持った人たちが何人か電車に乗り込んできたので、もしやと思い降りてみる。一応値段の調査をしようとZARAの他にいくつか店に入ってみると、まぁ高くてびっくりした。LAはもちろん、ウィーンで買ったほうが断然安い。恐るべしポンド。

ロンドンで買い物をする気はまったくなかったので、ショッピング情報を全く調べていなかったのだけど、さっき調べてみるとロンドンの安ブランドもあるらしい。明日ちょこっと覗いてこようと思う。とは言え、明日でロンドンは終わりなのだ。明後日の昼には出発だ。

一人旅もいいのだけど、やはり現地の人に案内してもらうのが面白いなと思う。あと宿ではなくて家に泊めてもらう。チャンスがあればの話だけれど、やはりガイドブックの旅はつまらない。あとせっかくの旅行なんだから出かけなきゃというのも私には合わないみたいだ。というか、時間がたくさんあるせいで、こんな考えになるのかもしれない。いや、元から出不精なのかしら。

ロンドンの気に入ったところは動物、特に鳥がたくさん見れるという点。公園に行けば、日本で見られないような鳥がそこらへんにいるし、白鳥はデカ過ぎるし、野生のリスだってどんぐりを普通に食べている。先日行った公園はキノコ取りが無料で、野生のシカもたくさんいた。家の庭にもわんさか鳥がやってきて、今朝はなんとオウムがやってきていた。普通の街中にある家だ。

私は毎日どこかでお昼寝をしている。お昼寝をする場所を探しながら公園や街を歩いている。1つ分かったことは、ロンドンにはお昼寝をする場所が少ないということだ。ウィーンではそこら中で寝れたのに、ロンドンではちょっと座って寝る場所すら見つけるのが難しい。ウィーンではコーヒー1杯と本1冊あれば、数時間カフェにいることができるけれど、ロンドンではそれが出来ない。観光地でも流れるスピードが違うのだ。とにかく大っきい公園に行けば確実に横になれるけれど、ちょっとした芝生では横にはなれない、それが私の見たロンドンお昼寝事情だ。


美術館のことはまた時間があれば。

夜はいつもエラハッドのおすすめ映画を一緒に見ているのだけど、今日はスラムドッグミリオネアを見た。あれって面白いのね、あっと言う間だった。インド、行ってみたいね。

2012年9月13日木曜日

ロンドン便り


ロサンゼルス国際空港(LAX)はなんだか危なっかしそうな雰囲気だった。
ライフル片手にがたいのいい警備員の人たちがそこら中にいて、四六時中監視されているような気分で落ち着かなかった。ロンドンに行くにあたって、いつものように何も調べずに行ってしまうとエラハッド(ロンドンのおっちゃん)に怒られると思ったので、飛行機を待つ間にロンドンの予習をとパソコンを開く。しかし全くwifiが使えず、結局ガイドブックを買うことになった。LAXはネットが使えない、本当に使えない、到着したときもそうだった、全然繋がらない。

飛行機に乗る前、久々に緊張が襲ってきた。あのスリルというか、興奮と不安が混じったワクワクする感じ。何回トイレに行ったのだろう、そわそわしまくった私。飛行機に乗っても落ち着かない、お腹もグルグル。今回アメリカン航空を使ったのだけど、とにかく騒がしかった。離陸する前からガヤガヤ、飛び立って5分後、皆が歩き回り始める。客室乗務員さんも慣れ慣れしく、頭をポンポンされた。こういうのも別に嫌いじゃない。そして着陸と同時に拍手、みんなハッピーだ。


今回の入国審査が一番長かった。一瞬入国できないかと思ったけれど、こういう時はなんだか冷静になれる。ダメだ、これじゃ入れられないと言われ、でもでも!と延々と説明をし続けた。冷静だと言えども、やっぱり怖いものだ。眠気が一瞬で吹っ飛んだ。なんとか通り抜けてエラハッドを見つけたときはちょっと泣けたほど。しばらく恐いものはないなぁと思っていると、その上をいくものがまだいた。なんと、予想外に奥さんが恐すぎたのだ。エラハッドと初めて出会ったとき、見た目や話し方が怖くて近寄れなかったのだけど、そのエラハッドが小さく見えるほど奥さんは強烈なのだ。びびって未だに名前が聞けていないほど、どうしようもないんだ。でもまぁ、きっと優しい人なんだと思う。


エラハッド夫婦もコンラッドと似ていて、私を干渉しない。明日も仕事でいないからねーとさっき言われたところだ。家の場所と最寄り駅だけ教えてくれ、あとは「好きに過ごしなさい」というかんじ。私も将来こういう大人になりたいなぁと改めて思っている。




アメリカでの出来事はまたゆっくり書こうと思う。
地球ってやっぱりデカいよ。

2012年9月5日水曜日

憧れの小麦肌


ちょっと落ちたり、イライラしたり、気にしてしまうとき、大抵は疲れているのだ。別に自分が悪いわけではないし、周りが悪いわけでもない。とにかくそんなときは、ただただ休む、休むとは大事なことなのだ。最近の疲れが一気にきたのだろう、久々に漫画を読む気力すらなくて、今日は思い切って出かけなかった。

泊まっている宿はビーチの目の前で、ずっと波の音が聞こえる。気分が落ち着くまでは、究極の癒しだと思っていた波の音も、私にとってはただの雑音に過ぎなかった。今はワンダホー!と言いたくなるほど、波の音と夕日にやられているけどね。つまり、私はリフレッシュできたということだ。今朝はこんなことを思っていた、せっかくLAまで来て、しかも丸1日空いている、出かけたほうがいいかしら、と。しかし、観光ってあまり好きじゃない。これまでの旅行での観光もほぼ覚えていない。写真を見ながら、ああ、こんなところにも行ったね、というくらい。

今日やりたいことをやろう。
ということで、私は一日中太平洋を眺めることにした。


手持ちが5ドルしかないので、何かあったときのためにと、朝ご飯のベーグルとクリームチーズを余分に取ることから私の朝は始まった。そうだ、飲み物もないぞ、コーヒーとお湯を何杯もコップに注ぎ、部屋の冷蔵庫に入れる。水くらい買いに行けよと思うかもしれないけれど、今日は出かけないと決めたんだ。見渡す限り、宿の周りには何もない、水を買いに行くにはちょっと歩くしかなさそうだったのだ。それからビキニに着替え、ビーチに出て、寝る。食べていたリンゴが砂浜に落ちてしまったので、海で洗うついでに少し深いところまで行ってみようと1歩ずつ進む。海へ侵入するのは溺れて以来初だったけれど、それでも私はもう泳げるんだという気持ちがあったので怖くはなかった。が、、、胸下まで浸かったところで諦める。波の力ってあんなに強いのね、知らなかった。サーファービーチらしく、みんなボードと共に海に浮かんでいる。もうすごいとしか言いようがない、完全に海と友達。びびった私はやっぱり海には敵わないやーと、早々とビーチへ戻り、カラダを乾かそうと日向ぼっこを続けた。


太陽が真上に来始めたので部屋に戻って一度休む。少し昼寝をして、目が覚めるとなんだか肌が痛い。そう、ちょっと長く焼き過ぎたのだ。鏡で見てみると笑えた、私は今、小学生女子。背中はキレイに焼けているものの、胸のところと、ビキニの下部分が真っ白。もし今誰かと良いムードになって、その彼が私のお尻を見たとしたら、一気に気分が冷めるだろう。しかし、こんな状態になるのも初めてなので、早く誰かに見せて感想を聞きたいくらいだ。


そのあとはテラスに出て、音楽を聞きながら本を読む。波の音に真っ赤な太陽。さらにはちょっと面白いものも読んだので気分も上がる。やっといつものペースに戻ってきた。なんだか肉が食べたくなってきたので、明日は街に出かけよう。そしてそして、夕方にはKouちゃんNaoくんとも合流できるだろう、なんとヤングチーム集合なのだ。勢いって面白い、2人に会いたくてLAに来ちゃったんだもの。




今回簡単に「休む」という選択ができたのも、NZで藻掻いたおかげだと思う。
悪夢の日々も役に立つときがやってきたのだ。
明日は日の出でも見ようかなぁ。

2012年9月3日月曜日

べるりんに着くまで


もうこんな出発はやめよう、と何度思ってきたことか。
今回が一番ドキドキしたというか、もう間に合わないと初めて諦めた。


昨夜、寝る前にEチケットを印刷しておこうと思ったら、LAからロンドン行きのチケットが何度探しても見つからなかったのだ。アメリカのよくわからん格安サイトを使って購入したのだけど、調べてみるとキャンセル扱いになっていて、さらには別の便が予約リストに入っていた。コンラッドにとりあえず夜食でも食べる?と言われ、チケット探しをやめ、最近見つけた一番のお気に入りのサラミをバクバク食べる。しかし、アメリカに入国するにはロンドン行きのチケットは必ずいるので、後回しにするわけにもいかず、またそのサイトを隅から隅まで読みつくし、さらには皆の口コミ評価も読み漁る。

私がコンラッドに、ここの格安サイト一生使わない!とプンプン言っていると、皆も口コミサイトで同じことを書きまくっていた。そのサイトはちゃんとしたキャンセルの手続きも書いておらず、もちろんクレジット払いだったので、引き落としされちゃうのかしらと少し心配。というか、ちゃんと読まなかった私も悪い。もうアメリカなんて大嫌い、わたし行かないもんね!なんて言うと、そうかそうかとヨシヨシされる。

そんなやり取りをしていたのが深夜2時前、私が家を出るのは6時過ぎ、朝は早く起きてコーヒーでも飲もうよとコンラッド。おやすみと言った後も、チケットを取り直したり、まだパッキングをしていたりと、結局私は眠れなかった。私を朝一コーヒーに誘っておきながら起きてこないコンラッド、でも印刷がしたかったのでコンラッドに起きてもらうしかなかった。むにゃむにゃ、コーヒー1杯くらい飲んでいけば?と言うので、「今何時か知ってる?6時40分なんだよ」と言うと、「全然余裕じゃん」と返された。


全然余裕ではなかった。のんびりコンラッドを振り切り、猛ダッシュで階段を駆け下りる。トラムになんとか飛び乗り、次はバス停。しかし空港行きのバス停が見当たらない。周りの人に聞くと、ここにいれば空港行きのバスも止まるんじゃない?と言われ、ドキドキしながらバスを待つ。しかし、来ない、来ない、来ない、やっと来たと思えば空港行きではないバス。やっちゃったな~と思っていると、Airportと書いたバス!来たーーーー、、、見事に目の前を通過された。やっぱり別のところにバス停があったらしい。やけくそになっていた私はタクシーに乗り空港へ向かう。

幸いにもチェックインカウンターはめちゃくちゃ空いていた。しかし、なぜか前の人がかなり遅く、並んでいる全員が舌打ちをしまくっていた。そんな舌打ちをそばで聞いていたので、ギリギリなんで先に行かせてくださいとはさすがに言えなかった。やっと自分の番が回ってくるも、私もかなり時間がかかった。いちいち説明が面倒なのだ、ワーホリでNZにいて、オーストリアに入り、それからアメリカ、ロンドンへと行く。今の居住地はどこなんだと言われ、別にNZに家があるわけじゃないけど、来年まで日本にも帰らないし、どっちでもいいよと言うと、そういうのダメと返される。担当してくれた人が電話までかけはじめ、ヤーパンのオダンゴが...と何やら話している。とにかくニコニコするしかなかった。


チェックインもなんとか間に合い、あとは荷物を通して乗るだけだと思っていた。しかし、初めてひっかかった。バックパックを開けろと言うのだ。何もひっかかりそうなモノなんて入ってないのになと思っていたら、ヤスリがダメだと取り出された。爪のヤスリね、爪切りの代わりに入れておいたのだ。私の使っていたヤスリはちょっととんがっていたので、それが刃物のようだと言うのだ。それからボディチェックをされたのだけど、お姉さんにズボンとパンツの間に手を入れられ、思いっきり探られる。厳しいのね。通るのにもかなり時間がかかった。

以前のウィーン空港なら余裕だったのだけど、いつのまにやら増築され、かなり広くなった空港。走っても走ってもゲートにたどり着けない。私がゲートに着いたとき、すでに皆は乗りこんでいたのだけど、とにかくね、乗れてよかった。席に着くと知らぬ間に寝ていて、離陸したことにも全く気付かずに、目が覚めるとすでにベルリン。



準備は余裕を持って、ね。

2012年9月2日日曜日

初めての朝帰り

一応今日でウィーンも最後。明日から別の国へ移る。また10月の半ばにはウィーンへ戻ってくるのだけど、しばしコンラッドともお別れなのだ。昨夜、明日の夜は一緒にゴハン食べようねと言うと、友達の誕生日パーティーがあるから帰ってくるの遅いよと言われ、スネる。そんなの聞いてないよーと言うと、こっちも火曜の朝一フライトだなんて聞いてないよーと言われ、笑う。

クラブ話を書こう。ウィーンではアジア人を見かけることが少なく(観光地でも少ない)、クラブでは私がアジア人代表だった。皆とにかく背が高いので、どこに行っても抱っこされる。手を上げる度に男の子にアッパーを喰らわし、背伸びをしながら女の子と話す。一番驚いたのが、全員がタバコを吸っていたこと、全員。そこに何人いたのか分からないけれど、私以外全員。聞いてみると家族も友達も皆吸ってるよと言われ、さらにはタバコ大国だというのも聞いた。全然知らなかった。1箱なんてすぐからっぽになっていたので、一体何本吸うの?のビックリしている私に、今日だけだよと皆が笑う。

NZで通じなかった英語もここでは通じ、ヨーロッパ人の話す英語も聞き取りやすく、私にとっては過ごしやすい場所だった。NZにいたとき、お隣オーストラリアへの対抗意識というのか、あまり好きじゃないというのか、そういう雰囲気を感じていたのだけど、ウィーンの30歳前後の子たちはお隣ドイツではなく、アメリカに対してそういう気持ちがあるようだった。日本もアメリカに染められてんじゃねーぞと言われたので、私は国からも独立しているからねと言うと、とあるインテリカップルと意気投合した。彼らの育ちは島国育ちの私と違い、ヨーロッパ内のハーフで(どこか忘れた)、色んな国で思春期を過ごし、インターナショナルスクールに通い、とにかく話が面白かった。しかし、最近髪の毛薄くなってきてさ...ともボヤいていたので、どこでも悩むことは変わりないんだねと笑うと怒られる。

クラブを後にし、よく分からない子のお誕生日会にも参加する。初めて同じ歳くらいの子の住むアパートへお邪魔した。そこで気付く、私って本当に良いもの食べているのねと。そこには安いトーストやチーズ、サラミなんかが置いてあって、私が普段見ないものばかり。私の朝ご飯はいつも焼きたてパンに、量り売りのちょっといいサラミやレバーペースト、スライスチーズは食べたことがない。タダで住まわせてもらっている上に、良いものまで食べさせてもらっているのだ。さらにはお友達をつくるきっかけまで作ってくれて、コンラッドには感謝しても感謝しきれない。忙しくて一緒に出かけられないことにスネている場合じゃなかった。



昨日バックパックに荷物を詰めていると、パッキングもいいけど鉄道のルートも決めなよと言われドーンと落ちる。地図を引っぱりだし調べていると、知らぬ間に夜中になっていた。海外の一人旅だなんて、夢の夢だったけれど、これからそれが始まろうとしている。不思議な気分だなぁ。

2012年8月25日土曜日

ぐうたら!?

昨夜のこと、酔っぱらいコンラッドに「ウィーンにまで来て ぐうたらするな」と言われ、軽く言い合いになった。明日は丘でも登ってこいと言われ、じゃあ行ってくるよと今日は丘へと向かう。その丘はウィーンの街が一望でき、確かに良い場所ではあったのだけど、遠くから眺めるとウィーンも普通の街なんだなと、そんなことを思った。今日はとにかく暑かったので、丘のてっぺんにあるカフェでのんびり涼みながらお昼寝。暑さにやられて下りもバスを使おうかと思ったけれど、ぶどう畑の間を歩いて下れるようになっていたので、迷ったあげく歩くことに。

いくつかルートがあり、地図を見ながら進んでいたのだけど、結局いつも通り迷ってしまった。高いところにいたのだから下れば間違いはないのだけど、全然違う場所に下ってしまうと後が面倒なので、犬の散歩をしていたおばちゃんに道を尋ねる。しかし見事に英語が通じず、ドイツ語で話されたのでさっぱりだった。次に聞いたおじさんもダメで、結局ウロウロ歩き回ってバス停へたどり着く。英語が喋れたらどこででもやっていけると思っていたけれど、毎日1回は必ず通じないことがあり、英語も万能じゃないのねと、英語にこだわっていた自分がバカらしくなった。


さっき覚えたてのドイツ語を披露したところ、思った以上に褒められたので気分が良い。巻き舌で喋るとテンションが上がるne.

2012年8月24日金曜日

およげおだんごくん

クロールで20メートルほど泳げるようになった、ちゃんと息継ぎもできるよ。これまでカナヅチだと言ってきたけど訂正しよう、I can swim.

一昨日からプールに通い始め、3日目にしてすでに泳げるようになる。コンラッドもビックリしていたけど、私もビックリだ。自分はこれまで泳げないフリをしていたのかと思うほど、クロールが上手いと思う。20メートルで何言ってんだよと思うかもしれないど、たぶん気合いを入れれば50メートルはいけそうなのだ。ただ気合いと体力がないために、今は20メートルが限界。とまぁ泳げるようになったとはいえ、足の着く深さじゃないとやっぱり怖い。室内プールは水深2メートル以上あるらしいので、私は屋外の子どもプールへ。あぁ、お魚のように泳げるようになりたい。

そうそう、英語もできないふりをしていたのかもと思う今日この頃。もちろん大したことを話しているわけではないのだけど、もう苦手という意識はなくなった。10年間も、できないできないと自分で自分に暗示をかけていたのだろう。これも訂正, I can speak English.

ということは、お酒も飲めない飲めないと自分に暗示をかけているのか?
なんて、今ふと思った。



予定も立てずにウィーンにやってきたのだけど、いい加減決めろ!とあのコンラッドに一昨日から催促され、航空券などを調べ始める。昨日の夜は眠くて「疲れたから明日決める〜」なんて言ったらちょっとムッとされた。そんなこんなで、やっと半分決まり、残りはまた明日。予定立てるのってエネルギー使うよね、お腹も空く。

さっきメールのやり取りをしていて、いつもなら「まだ上手に喋れないんだけど...」と決まり文句のように最後に付け加えていたのだけど、ついに卒業した。こんなことを言ってる場合じゃなかった、喋れる、喋れる、喋れるんだ。というかね、語学学校でよく言わされてたのだ、"まだ上手に喋れないけど、今後うまくなります"ってフレーズを。苦手だけど出来るようになりたいモノがあれば、「まだうまく〜できないけど...」などという言葉は必要ないのだ。canでいいんだよ、キャン。

2012年8月21日火曜日

ぽんぽこの夏

3日前に買ったばかりのiPhoneを失くした。
空港にもバス会社にも一応電話したけれど無いと言われた。まぁね、仕方ないよね。でもiPhoneのことがどうでもよくなるほど、ウィーンは素敵なんだ。


空港の出口でコンラッドを見つけたとき、妙に可笑しくて吹いてしまったのだけど、彼に子どものように抱き上げられ、なんだかホッとした。空港から大爆笑しながら家に帰り、よく行くインド料理屋で乾杯。夏の夜って最高だ。

今回は時差ボケもなく、かなり調子が良い。朝も7時から目が覚め、いつものぬるいシャワーを浴び、コンラッドが起きるのを待つ。前回1ヶ月しかいなかったのに、もう自分の家、自分の街のように思えてならない。朝ご飯の準備も手慣れたもので、何も言わなくてもお互いやることが分かっている。今回、私はドイツ語を覚えたくて、コンラッドも日本語の勉強を始めたようなので、毎日1時間、一緒に勉強することになった。「コーヒーお飲みになる?」くらいサラッと言えるようになりたいね。


昼は電気屋さんに行くついでに散歩をし、そのままカフェに行き、家に戻って踊る。それからコンラッドが仕事を始めたので、私はちょっと昼寝。今日は風がないので部屋が暑く、目が覚めるとかなりダルかった。扇風機もクーラーもない生活は何年ぶりだろう。それにしてもかなり乾燥しているので鼻の中が乾く乾く。息がし辛い。泳ぎに行こうなんて言っていたのに、結局仕事で出かけてしまったコンラッド。なので、さっきひとりで水着のファッションショーをした。調子に乗って一回り小さい水着を買ったのだけど、恐る恐る、初めて鏡で自分の全身を見る。そこにいたのはポンポコお腹のおだんごちゃん、あーあーあー、見てられない。


とりあえず、踊ろ。

2012年8月19日日曜日

どぅばーい

ドバイでbloggerを開くとドバイバージョンで文字が右から左に流れる。かなりやり辛いのだけど、設定の変え方が分からないのでそのまま使っている。改行前に「。」が打ていない。リゾート地だし、サングラスくらいかけておこうかなと、カマキリみたいな顔でMacと向かい合っているよ

今回は初めての長旅だけれど、エミレーツ航空が思った以上に心地がいいので、もっと長くてもいいと思うくらい。マレーシアに立ち寄るとは知らなかったので、降ろされたときは若干びっくりしたけれど、私の空の旅も、ここドバイで3分の2を過ぎた。ウィーンまであと少し

マレーシアの前にオーストラリアで乗換だったのだけど、前日一睡もしていなかったので、ものすごい眠気で空港で爆睡した。寝る前は周りに人がたくさんいたのに、目が覚めたときは誰もいなくなっていたのでビックリ。良いタイミングで最終アナウンスが流れ、ホッとするもゲートにダッシュ。なんで誰も起こしてくれなかったんだよと思っていたけど、確か一度起こされたのを今思い出した。死角で寝るのはもうやめよう

たまにMacを落として「げっ」と思うのだけど、コトン程度なので取り乱すまでもはいかなかった。しかし、ついにやってしまった、ゴトンという音。幸いにも、私の足に一度落ちてからの床への着地。足は猛烈に痛かったのだけど、Macが無事に動いてくれて何より。空港って何度もケースからパソコンを出したり閉まったり、気をつけなといけないね


もう待ち切れなくて、デスクトップはコンラッドの写真
開く度に笑えるよ
最後に丸が打ていないって、慣れないね


2012年8月14日火曜日

お昼寝のない日

散歩がてらによく行く公園。
オークランドには散歩にちょうどいい公園がたくさんある。公園と言っても代々木公園みたいなのがポンポンあるのだから、やはり街といってものんびりしているよね。


今日は髪を切った。痛んでるところを全部切ってくださいと言うと、見事にジョッキンジョッキン切られた。私はレイヤーが好きじゃない、でも完全に層になっている私の髪。まぁいいか、鏡を見なければ自分の髪型なんて見えないのだから。この前もそうだった、額に「忍」という漢字を書いてアパートや外をうろちょろしていたけれど、自分で見えなければ恥ずかしいも何もないのだ。恥ずかしいのは私の横にいる友人だけ。とにかくね、髪の毛すっきりしたよ。


昨日、なんで明日も書くなんて書いたのだろう。
確かに書きたいことはあったんだ、でもお昼寝をしないと23時まで持たない。
またね。



ひっかかるコトバ

以前は毎日のように書いていたのに、今じゃ書くほうが珍しくなってきた。書きたいときに書く、書きたくないときは書かない、そりゃ当たり前のことだけど、もうちょっとマメに書いていこうかなぁなんて思い始めて早3日が経つ。今日もお天気が良かったよ。

あと4日でオークランドを離れる。さっき数日前に書いたToDoリストを見てびっくり、何一つ消化していなかった。そろそろ動くかと美容院の予約だけ済ませて、コーヒー用にお湯を湧かし始める。昼は友達が学校をサボるというので一緒にピザを買いに行った。ピザが出来上がるまで向かいのスーパーにお土産用のワインを選びに行く。私はアルコールが飲めないので、普段自分でお酒を買うことがまずない。ボトルを持ってスーパーをうろちょろするだけで、ちょっぴり大人になったような気分だった。


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最近どうしても頭から離れないのが「若い」という言葉。「まだ若いんだから」「若いうちに」「若い人って」「若いから言える」、昔から過剰反応してしまう言葉なのだけど、未だに流せない言葉。直接自分に言われているわけでもないのに、そういう書き込みや記事を見ると少しイラっとくる。直接言われたときはムッとする気持ちを一生懸命押さえている。なんでこんなに噛み付きたくなるのかしらと、昨夜は久しぶりに点メモをしてみた。


・「若い」と言われてイラつく間が花なのか
・「若い」を使った言葉集
・噛み付きたいけど噛み付いたら負け!?
・実際なってみないと分からない気持ち、想像はあくまで想像
・20代ゾーンに入れられてたまるか
・よく言う人たちリスト
・私は私だよ、言いたい人には言わせておけ
・つまんない、つまんない、つまんない


もうね、こんなことでプンプンしている自分がちょっと可愛らしくも思えてくる。あと10年,20年経ったら、私も同じようなことを言っているかもしれないのに。私はいつまで若いと言われるのだろう。「まだ25歳」「もう25歳」とか言われたくない、ただ生まれて25年目なんですってだけなのだから。

今回の点メモは少し雑にやってしまったのか、ちょっと不完全燃焼なかんじ。結局「そんな言葉は気にするな」と自分に言い聞かせているようなのだけど、そんなわけにもいかず、また言われたらプンプンしてしまうのだろう。しかしここに書いたことで、少し気分は落ち着いた。


「懐かしい」という言葉があるよね。20歳を越えたあたりから連発するようになったのだけど、子どもの頃は「懐かしい」という感覚が分からなくて、昭和のヒットソング特集を見ながら「懐かし〜」と言っている両親が羨ましくてたまらなかった。だから、この「若いから」という言葉も、私にとってはそういう感じなのかもしれない。今はまだ分からないけど、年齢を重ねれば自然と使うようになる言葉の1つなのかもね。結局分からない言葉は分からないのだから、分かるようになるまで使わなければいいし、気にする必要もないのだ。おっと、また自分に言い聞かせてる、気にするなって。


2012年8月2日木曜日

お菓子博士

毎日何かしら書こうとは思うのだけど、書き始めるも3,4行で手が止まってしまうので結局「また明日」が続く。

ここでの生活も残り2週間ちょっと、その間に何かやっておきたいことはあるかなとノートに書き出してみる。いざ書き出してみるも普通過ぎて面白くない上に、後回しにしていたことがどっさり出てきた。ついでに今後やりたいことも書き出してみたけれど、これまたいつもと変わらないことばかりを書いていて、なんだかなぁという感じ。中学生のとき書いていたことと然程変わらない。

ウィーン行きの航空券を買ったときは1ヶ月半もいたら贅沢かなと思っていたけれど、そのあと行きたい場所や会いに行きたい人がポンポン出てきたので、1ヶ月半がとても短く思えてきた。さっきシャワーを浴びながらまたそのことを考えていたら、「短いなら伸ばせばいいか」とふと思い、ということで、日程変更だ。この日に帰らなければならない理由もないし、金銭面も節約すればなんとかなるだろう。日程変更ならもうあそこへ行くしかない。やりたいことリストの中にいつも書いてあるその場所、どこか分かる?



最近お菓子を断っている。毎日のようにバクバク食べていたお菓子、1ヶ月ほど前から徐々に減らしてゆき、ここ2週間はもう食べていない。もう舌がおかしくなってきたのか、それとも普通に美味しいのか分からないけれど、スーパーにはお気に入りのスナックがいくつもある。半年もオークランドにいて、まだ道には迷うのだけど、お菓子だけには詳しくなった。お菓子を断っている今もスーパーに行くたびにお菓子コーナーを通り、見て楽しむという訳の分からないことをやっている。カゴに入れたら負け、スルーしたら勝ち、もちろん連勝中。



日曜からずっと雨が続く。
明日は散歩に行けるかしら。

2012年7月25日水曜日

最後はマッチで。

最近ガールズトークばかりを聞かされている。
内容はともあれ、好きな彼の話をしているときの皆の表情がほんとに可愛いと思う。そんなことを彼女たちに伝えると、私のそういう顔も見てみたいという。はっはっは。そしたら漫画か宇宙飛行士の話をさせてくれよと思う、良い顔するんだけどな。

------------------------------------------------------------〈中断〉

と、書いたところでまたコーヒーしない?とメールがきた。
今日は何があったのかなぁと思いながら部屋に行くと、何やら重大な話があると言うのだ。今朝から河合隼雄の本をずっと読んでいたので妙に落ち着いていた私。なんちゃってカウンセラーにでもなった気分だったのだろうか、顔色ひとつ変えず(たぶんね)ウンウンとひたすら話を聞いた。興奮していた彼女も話ながら落ち着いてきたのか、話し終わると眠くなったようで今日は早めに解散。

たまに、「あ、例のガールズトークね」なんて男性陣から言われることがあるのだけど、女子にとってはこれも大事なことなのだ。まぁ正直言うと、私だってうんざりするときもあるけれど、女にしか分からないことだってあるのよね。こっちに来てからもたくさんの恋愛話を聞いているのだけど、私の勝手な偏見で言うと韓国人は猛プッシュというイメージで、インド人はシャイ、日本人は気にし過ぎ、白人は...どうだっけな。と、一応言ってみたけれど、国で決めつけるのは本当にナンセンスだ。

話を聞いていて気になるのは、(これは日本人に限るけど)皆 完全に受け身なのだ。一応好きという気持ちは持っているけれど、そこからどうなるかは相手の出方次第で、いつも「どうしよう」と言ってばかり。しかも「傷つきたくない」という言葉もよく聞く。振られるのが怖い、まぁ分からなくもないけれど、勝手な妄想で毎日のように悩み続けるほうがもっと苦しくないのか。色々理由をつけて毎回同じことを言う彼女たち。結局は好きという気持ちより、自分がどう思われるのか、自分を傷つけないように、そんなことばかり気にしている。

逆に皆に驚かれることは、、

-----------------------------------------------------------〈中断〉

また別の子がやってきて、ガールズトークをして帰っていった。皆ね、今から行くよメールくらいくれよと私はいつも思っている。いつも急なのだ、気が抜けない。うっかりカップラーメンなんて食べられないじゃんね。


とりあえずガールズネタはもう終わりにしよう、中途半端だけどね。時間が開くと気分も変わるのだ。最近ガールズトークでもなんでも、何か相談されるとついつい言ってしまうことがある。「人の気持ちなんてどんどん変わるんだ、この前あぁだったこうだったじゃなくて、これからこうなるかもしれないでもなくて、今だよ、今。」まったく同じことを自分が言われたばかりなんだけどね(笑)、でも本当にそうだと思うのでちょっとお裾分けをしているところなのだ。話を聞いていると、過去や未来に縛られている人がとても多いなと思う。私も過去からは切り離されてると思っていたけれど、未来のことにはすごく縛られていた。明日のことは明日決めていいんだよと言われ、変に納得したのを覚えている。誤解のないようにしたいので付け加えるけれど、別に今を過去や未来につなげちゃだめと言っているわけではないのだ。つなげてもいいし、独立させてもいい、そう教えてもらったんだ。



NZに来てよく考えるのが「依存」と「独立」について。誰かがいないと一人で立っていられない女の子になんてなりたくない、そういう意味で独立という言葉を使っていたのだけど、それが海外へ出た一つの理由でもある。私はずっと悔しかったのだ、かっこいいなと思っている人たちはいつだってサラッと助けてくれるし、私の悩みなんて可愛いくらいにしか思ってないんだと私はそう感じていた。私だって一人でちゃんと立てるんだぞというところを見せたかったのだ。しかし、『魂にメスはいらない(1979)』の中で


“だから最近の心理学では、依存と独立というのは反対概念にとらないですね。必要に応じてどの程度ちゃんと依存できるかというのは、むしろ独立心のあらわれみたいに考えています。特に若い人たちがよく失敗するのは、独立しようと思って依存心をなくし過ぎるんですね。ぼくは
あんたのは独立と言わずに孤立と言うんや」とよくひやかしているんだけどね。”


と河合隼雄が言っていて、ハッとする。そうか、独立と孤立は違うよな!と自分の行動や考えを見直してみた。


依存のことに関して言えば、自分が依存するというよりは、他人を自分に依存させないということでよく「依存」ということを考える。インストラクター時代からそのことは常に思っていて、生徒に依存される先生にはなりたくなかった。「先生がいないとダメ」なんて言われたら終わりだと思っていたし、実際言われてみて嬉しいとはやっぱり思えなかった。そりゃインストラクターをやり始めた頃は嬉しかった、私がいないとダメなのか♩とニコニコしていた。しかし、いつからかそれに違和感を感じ始めたのだ。あれ、なんかおかしい、と。

友人関係のなかでもよくあった。べったりされる=頼られているんだと、時にはそれでストレスも感じていたけれど、やっぱり頼られると嬉しいと思っていた。けれどそれも何か変と感じていた。

Macを使い始めた頃、分からないことがある度に聞いていた。しかしこんなことを言われる、「世界のおだんごたるもの、自分で調べられないでどうする」と。それから分からないときはこうやって調べるんだと教えてもらい、本当に分からないときだけ聞くという風に変えていった。母と子の依存関係なんてことを言い始めると、ものすごい深層部分の話になってくるけれど、このMacの話だって私にとっては大きな依存だった。あの時ああ言ってもらえてよかったと、自分で調べる度によく思い出している。


とまぁ、独立・依存について考えることが最近多いんだーということなのだ。




一昨日からマッチ棒クイズにちょっとハマっていて、というよりムキになっていて、55問目がどうしても解けなくて夜も眠れない。



4×4のマス目で、肌色がマッチ棒ね。『マッチ棒を4つだけ移動させて、同じ大きさの正四角形5つを作ってください。』というのが問題なのだ。昨日から考えているのだけど、やっぱり分からない。恐るべしマッチ。

2012年7月15日日曜日

うんまい

昨日の晩ご飯があまりにも美味しかったので載せちゃう。

昨日はFish Marketに行ったのだ。
外食もいいけど家で食べるのもいい。
生牡蠣をごくり、やっぱり海の幸っていいよね。

最近美味しいものをいっぱい食べている。
おかげで体重計に乗ると3つ数字が上がっていた。
確かに、ジャンプするのが辛くなってきたと思ってたんだ。
ますますおだんごまん丸に。

2012年7月13日金曜日

哲学って

iTunes UでMichael J. Sandelの講義を見始めたのがきっかけで、結局英語で理解したのは2講義だけだったけれど、その続きを日本語でさっき読み終えた。本屋に行く度にMichael J. Sandelの名前をよく見かけていたので名前だけは知っていたのだけど、読んだことは一度もなかった。『これからの「正義」の話をしよう』、この題名、見たことない?本屋さんでいつも「これ売れてます」印がついていたのを覚えている。私が今回読んだのは書籍ではなく、とあるサイトの日本語訳だったのだけど。


始めは英語でも楽しかった。分からないところをアランに聞きながら一生懸命講義を聴いていた。しかし、〇〇主義、◯◯派の話になってくると、どんどん英語で聴く・読むのが面倒になり、さらにはカントが登場したので完全に諦めてしまった。それでもこの講義の最後の展開がどうなるのかが気になり、日本語訳で最後まで読んだというわけだ。

正義とは何か、この答えが欲しくてこの本を読んだり講義を聴いたりするとあまりスッキリしないかもしれない。なぜなら、マイケル自身、まだ答えが出ていないようで最後はまた振り出しに戻っているのだ。最後の締めはこれだ...


When we first came together some 13 weeks ago I spoke of the exhilaration of political philosophy and also of its dangers, about how philosophy works and has always worked by estranging us from the familiar, by unsettling our settled assumptions and I tried to warn you that once the familiar turns strange, once we begin to reflect on our circumstance it’s never quite the same again. I hope you have by now experienced at least a little of this unease, because this is the tension that animates critical reflection and political improvement and maybe even the moral life as well and so our argument comes to an end in a sense but in another sense goes on. Why, we asked at the outset, why do these arguments keep going? Even if they raise questions that are impossible ever finally to resolve, the reason is that we live some answer to these questions all the time. In our public life and in our personal lives philosophy is inescapable, even if it sometimes seems impossible. We began with a thought of Kant that skepticism is a resting place for human reason where it can reflect upon its dogmatic wanderings but it is no dwelling place for permanent settlement, to allow ourselves simply to acquiesce in skepticism or in complacence, Kant wrote, can never suffice to overcome the restlessness of reason. The aim of this course has been to awaken the restlessness of reason and to see where it might lead and if we have done at least that and if the restlessness continues to afflict you in the days and years to come then we together have achieved no small thing. Thank you. 


まぁ長々とすべて読んでみたものの、彼がこの講義で言いたかったことはこの最後の部分を読むだけでも十分だと思う。私は前から哲学っぽい本を読むのが好きだった、もちろん哲学者の本も分からないなりに読もうと何度も手に取った。答えのない問題を考えるのが好きだった、「なぜ生きているのか」、何度考えたか分からない。でも急に嫌になった、考えていると変に落ち込むのだ。この手のことを考えてハッピーになったことはない、一日中ああでもないこうでもないと頭のなかをグルグル、何もしたくなくなる。

スピリチュアルも同じようなかんじだった。昔はスピリチュアルが大好きだった、あっちの世界にどれほど胸を膨らませていたことか 。でもある日突然目が覚めたように好きじゃなくなった。危ないなと思ったのだ。確かに目に見えない世界もあると思うし、目に見えない力を信じることもかまわない。けれど実際生きているのはそっちの世界ではなく、ここ。そっちに浸り過ぎると危ない。自分がそうだったからなのだけど、スピリチュアルの方向に行き過ぎると、上から目線で世の中や人を見てしまう傾向はないだろうか。魂のレベルが...なんて、よくもまぁバカげたことを考えていたなと今は思っている。あと、この世の中は狂っていると現実を見なくなっていたのも確か。


だからと言って、スピリチュアル的な生き方をしている人を否定するわけでもなく、嫌いになるわけでもなく、それはそれでいいと思っている。私だって、木々を見れば魂を感じるし、海を見れば地球も生きてんだなぁなんて毎回思うのだ。でもね、神様がこう言うからとか、そういうのは止めた。あれ、なんでスピリチュアルの話を始めたんだ?そうだ、スピリチュアル熱がある日一気に冷めたように、哲学熱も最近ふと冷めたんだ。それが言いたかった。


で、正義の話に戻るけど、Michael J. Sandelは(政治)哲学の使い方をこう言ってるんだ。哲学というものは、私たちがこれまで全く疑問にも思わなかったことに問いを投げかけて人々を悩ませ、考えさせる。例えば「なぜ人を殺してはいけないのか」とか、そんなの当たり前でしょと思うかもしれないけれど、果たして殺人は罪だと言い切れるのか。私は家族を人質に取られ、とある一人を殺さなくてはならなくなったとする。そのとある一人とは面識もなく、相手は両親も妻子もおらず独り身。その一人を殺せば私を含む家族4人の命は助かる。しかしその相手を生かせば4人の命は無くなる。この状況でも殺しはいけないのか、1人が死ねば4人が助かる。これが例えば100人だったらどうなるのか、1人を殺せば100人が助かる。
哲学者、そして私たちは長年同じことを議論しているけれど、未だに答えは出ていないのだ。懐疑主義といって、そんなことを考え続けるのはナンセンスだ!現実をみろ!という主張もあるけれど、それでも人々は同じことを考え続けている。それはなぜか。

The reason is that we live some answer to these questions all the time.


その疑問に答えを出しながら日々生きているから、と彼は言う。(翻訳サイトでは、これらの質問に対する答えを生きているからだ、とも書いてあってそれもいいなと思う。) さらに続けて、答えなどなくても哲学は避けられない、哲学を学ぶことで不安定な気持ちにもなるだろうけど、その不安が考え方や政治の行い方など、様々な場面で役に立つんだ、と言っている。


最近、哲学っぽく考えるのはもう止めようと思っていた。懐疑主義のように、考えても無駄だと思うようになっていたし、さっきも書いたけど、考え過ぎて不安になって、さらには何もする気が起きなくなる状態にわざわざ自分を持っていきたくなかったのだ。しかし今回これを読んで、ちょっと気持ちが変わった。というか、私の考えることなんて哲学というよりただの悩み事だけどね(笑)まぁこれから哲学に触れる機会があったとしたら、上手に吸収していきたいなと思う。何事もバランス。


あー、書き過ぎちゃった。

2012年7月9日月曜日

ジョージョー

「気分は上々」
中学の頃の口癖だった。上々という響きがなんだか格好良かったのだ。
そして、今、、今の気持ちもあの頃と一緒、気分は上々。

今朝は枝毛が猛烈に気になったので学校を休んでひたすら枝毛を切った。枝毛で学校を休むのは初めてだ。おかげで指の通りが良くなり、何度も何度も髪を触ってしまう。そう、やっぱり学校が嫌なのだ。分かっていたけど認めたくなかったので、なるべく口に出さないようにしていたけれど、やっぱり嫌なものは嫌なのだ。毎日たった2時間、残りはあと1ヶ月、お金もかかっている、、なんて色々並べたってもう無駄だ、引き止められないぞ。先週、辛くて道元師に便りを出したら大事なことを教えてくれた。さらには温かい言葉まで送ってくれ、あの日は昼間っから泣いた。その涙の気持ち良かったこと、空は青く澄み渡っていた。その数日後、勝(海舟)先生からも「時間を無駄にするなよ」と言われ、「たった2時間あと1ヶ月」が崩壊。さらに、「今を生きろ」と言われ、見えない先のことばかりに囚われていたことに気付く。そしてお月様を見ながら、自分の夢を思い出した。


そんなこんなで、今日はお隣さんとお互いの英語・日本語の勉強会。日本人はリアクションがオーバー過ぎると言われ、ニュージーやイギリス人っぽくしたければ控えたほうがいいよと教えてもらった。例えば、ずっと分からなかったことがやっと分かったとき「あ〜!そっか〜!やっとわかったぁぁぁああ!」なんていちいち反応しない、ということだ。スッキリするとついつい過剰反応しちゃうんだよね、と改めて自分の癖に気付く。ちなみに英語だと「That's it!」と言うことができるけれど、「ふ〜ん」くらいでいいらしい。お隣さんも日本語を使うときはちょっとオーバーにして、英語を話すときはそんなに反応しないと言っていた。

まぁそんな勉強会、今日はとても良い刺激をもらった。まず、お隣さんの持ってくる質問の量が私の5倍はあったことに驚いた。今日は私もかなりの量を持って行ったつもりだったけれど、そんなもの比じゃなかった。さらに納得するまで次に進まない、分からないときは絶対分かったと言わない、そんな彼を見ながら、私も100%分かるまでウンと言わないことにした。つい昨日までは気まずいお隣さんだったけれど、今日からは強い味方だ。




『あるホテルには部屋が500室あります。4と9の数字は使わずに、1号室, 2号室, 3号室, 5号室, ...と順に部屋に番号をつけていくと、500番目の部屋は何号室になりますか。』

久々に算数やると楽しいね。

2012年7月1日日曜日

あと1ヶ月半...

友達がいつもexchangeで英語を教えてもらっているから一緒にやらない?と誘ってくれたので、今日はそれに行ってきた。

しかし事件は起こった。なんと、その英語を教えてくれる相手が私の隣の住人だったのだ。確かに言われてみれば見たことあるなぁというかんじで、私はまぁそんなこともあるかくらいの気分だったけれど、向こうはかなり気まずそうだった。笑える。

しかも同じ性別ならまだよかったのだけど、これまた男性。一緒に帰りながら、さらには同じエレベーターに乗り、またねと隣の部屋に入る。なんとも変な感じだ、気まずいにもほどがある。もうのん気に部屋でズンバなんてやってられないぞ、ずるずるラーメンの音も立てられないぞ。というかね、私はそこまで気にしていなかったのだけど、向こうが「早く引っ越さなきゃ」と頻りに言っていたので、ちょっとショックだったのだ。

アパート内に仲の良い友人はいるけれど、皆別のフロア。同じフロアで仲良くなった子もいたのだけど、やはりプライベートを気にし始めたのか、あまり話さなくなった。アパートと言えども、完全に隔離されているわけでもなく、同じフロア同士でキッチン・シャワー・トイレを共有し、壁も薄いので話し声も聞こえる。いつ帰ってきたとか、誰が部屋にいるとか、いつも何を食べているとか、まぁ知りたくなくても分かってしまう。そのへんのことがあるので、同じフロア同士の接触はお互い避けているところはたぶんある。



さらに、わーびっくりした!ことがもう1つ。彼も爆笑問題カーボーイリスナーの一人だったのだ。これには笑えた。もうこれは「わ、びっくりした」のコーナーに投稿するしかないなと思っている。しかし外国人でこのラジオを聴いて面白いと言うなんて、ほんとすごいなと思う。早く太田さんに知らせなければ。



とにかくね、とっても気まずいんだけどね(笑)、世の中狭いなということだ。
この前まで同じアパートに住んでいた子なんて、地元が同じで、さらには通っていた高校まで一緒だった。地球ってもっとでかいと思っていたのに、いろいろあるもんだなぁ。

2012年6月28日木曜日

IF...?

もしタイムスリップしたら。
未来のことばかり考えていたけれど、過去の場合はまったく考えていなかった。
もし私が幕末の頃にタイムスリップしたら、竜馬暗殺を阻止するのか。阻止してその後どうするのか。その後の戦争を止められるのか。もしくはただその時代の人間として生きるのか。こんなことを考えるのも、今ジパング(漫画)を読んでいるからなのだ。

簡単なあらすじを言うと、現代の海上自衛隊のイージス艦がミッドウェー海戦直前の太平洋沖にタイムスリップして、さてどうするか、という話。どうすると思う?

その時代においては最強の軍艦を持ち、歴史の流れもすべて知っている未来の人間。戦争が終わるまで隠れることは不可能、食料も燃料も必要。もちろん見つかれば攻撃を受ける。日本軍に加勢して戦うのか、それとも戦争放棄か。米軍戦闘機40機が撃ち落としにくる、もう逃げられない。こちらはスイッチ1つで空母も吹っ飛ばせるほどの力を持っている、しかし自分の手で数千人を一気に殺してしまうことにもなる。砲雷長菊池、どうする。

と、私はもうその先まで読み進めているので、気になったら読んでみてne。


さらにもしを続けて、自分が戦時中に生きているとして、未来からきた人間が今後の世界のことをすべて教えてくれると言ったら、自分なら聞くだろうか。それとも聞かないだろうか。


「運命を知ってしまうことが怖くないのか!?」

『生きているということは、、、知ることなのだ、、、』



一巻から飛ばしてくれるよね〜。
wikiりたいけど、wikiるの禁止のお約束をちゃんと守っている。とりあえず何巻まであるかくらい知りたいよね。うずうず。

漫画の良いところって、こういう思考を始めるきっかけをつくってくれるところなんだ。普段生活しているなかじゃこんなこと考えないでしょっていうことを持ちかけてくる。漫画の世界は何でもできる、銀河の果てだって行けるし、タイムスリップだってできる。じゃあ自分は何をする、何がしたい。私にはここまでしかできない、そんな枠ぶっ壊してしまえ!なんてね。もちろん「あるがまま」という考えも好きだ。色んな考え方があっていい、色んな生き方があっていい。そのなかで自分が何を選ぶか。私はまだまだ冒険するんだ。




学校に戻ってはや2週間、ユーモアのセンスがないなと毎日思う。
クラスは6人、ロシア3ジャパン3、現在完敗中なのだ。
1授業でせめて1回くらい笑いが取りたいところなのだけど、すべてロシア勢にもっていかれる。一緒になって笑ってばかりなので、来月は巻き返すぞと決めている。ほんと、昔からツッコむのも下手くそだし、ボケられないし、上手になりたいんだけどなぁ。

2012年6月26日火曜日

夢はでっかく

俺は、自分がマンガから来たと思っている。
俺は、マンガを自分の親のように思っている。
俺は、マンガによって育てられたと思っている。
・・・・・・

これは三代目魚武濱田成夫の『俺の偉人達』のまえがきに書いてあったもので、読みながら「あーあ、先に書かれちゃった」と思いつつも、とても嬉しかった。最近どうも本調子じゃないなと思っていたけど、ここ1ヶ月ほど漫画を読んでいなかったからかなと、この本を読みながら思う。彼が書いていて気付いたのだけど、私も漫画によって自分のなかのスイッチを入れている。とくに私のなかにある夢・情熱スイッチ、皆に熱いねと言われることが多いのだけど、その源は実は漫画なのだ。

ここ2ヶ月ほど、私はつまらない大人になっていた。でかいことを考えることもなく、決められた枠のなかでモノを考え行動し、調子が良さそうに振る舞っていた。いや、別に調子が悪かったわけではないけれど、檻の中で安定した生活を送っていた。もちろんそれが悪いとは言わない、しかし私にとっては何か物足りない日々。それに気付かせてくれたのが、先週何気なく行った美術館で出会った姉妹だった。美術館で迷子になり歩き回って辿りついたのが子供用のプレイルーム。去ろうとすると呼び止められ、一緒に絵を描こうと誘ってもらったのでとりあえず一枚描くことに。様々なアートに触れたばかりだったので、ちょっとカッコいい一枚でも描いてやろうとたくさんの色鉛筆を使って顔を描いた。出来上がった自分の絵をみて、なかなかの出来だなと自己満足していたら、隣の少女の絵を見てハッとする。そこには私の忘れていたものが描かれていたのだ。

自分の描いたキレイにまとまり過ぎた絵を見て、つまらないものを描いちゃったなぁと少し隠したくなる。私の中で輪郭はこう、目はこう、鼻はこう、口はこう、、、とすべて元から決まっていたのだ。いつも同じ絵しか描けない自分がそこにいた。子どもたちに触発されたのか、そのあとは夢中になって彼女たちと一緒にセロファンで遊び、少し経って姉妹の母親がやってきては私たちが作ったものをベタ褒めするもんだから、私も子どものように一緒に喜んだ。それからアパートに戻ると、三代目〜の本が送られてきていて、まるで何かが私に忘れていたものを思い出させようとしているような、そんな一日だった。




話は変わり、最近新しい名前ができた。
おまんじゅうちゃん。
おだんごちゃんにおまんじゅうちゃん、どっちもアンパンマンに出てきそうな名前なので、いっそのことデビューできないかなと思っている。月から来たって設定で、もちろん顔はまん丸、そうだ、ふてくされた感じも忘れずにね。新しい夢が出来ちゃったなぁ。

2012年6月18日月曜日

ふたたび

3ヶ月ぶりに学校へ行く。
今朝はちょっと緊張していて、久しぶりに時間が過ぎるのが早く感じた。「おだんごちゃんえらいえらい」と同じアパートの子たちに褒めてもらいながらの出発。学校へ行ってみて色々思うことはあったのだけど、とりあえず無事1日目を終えた。

今月はなにかとバタバタ。
来週はゆっくり何か書こうと思う。

2012年6月12日火曜日

ウクレレバージョンを聴きながら

めちゃくちゃ良い夢を見たおかげで、目が覚めたとき久々に「まじかよ〜」と思いっきりため息をついてしまった。大体ありえないストーリー展開の場合、夢のなかで「コレは夢だ」と認識できるのだけど、今回はあまりにリアル過ぎたのですっかり現実だと思い込んでしまった。もう全部疑っていこう、あの野郎め。

昨日一昨日と何人かからメールをもらったのだけど、ヨーダは私のことではないからね〜。確かに読み返してみると自分がヨーダに似てるという風に読めるね、日本語って難しい。本人にヨーダに似てるよねなんて言う奴がいたら、本当に失礼な奴だ(笑)そんな子はお仕置きお仕置き。あと昨日載せたyoutube、あれ難しいんだ、私も出来ない。でも適当に踊れと言われても意外と難しいでしょ。こうやって踊りなさいとか、こうやってリズムに乗りなさいとか、別にルールはないのだけど、なぜかこう踊らなきゃいけないとか変に考えてしまう。いつだったか忘れたけれど、中学校の学習指導のなかにダンスが必修になったという記事を読んだ。どういう授業になるのかなと結構興味がある。間違っても、先生(見本)がいないと踊れないという風にはしてほしくないなぁ。

実はおだんご学校プランというのを以前から考えていて、一応全科目の進め方をつくってある。意外と良い案だと思うので、いつかここにも書いてみようかしら。それを考えるきっかけになったのが、竹内敏晴の『ことばとからだの戦後史(1997)』。なんでこんな大事なこと教えてくれる先生がいなかったんだよと思った一冊。教えるとはどういうことなのかとも考えた、私のおすすめの本なので、次何読もうかな〜と迷ったときはぜひ読んでみてne。


そんな私、休学していた語学学校にまた通うことにした。
あんなに嫌いだった学校だけど、不思議とまた行ってみたいなという気持ちが少し湧いてきたのだ。あの時は勉強しなければ(have to)という気持ちでいっぱいだったけれど、今は勉強したい(want to)という気持ちに変わっているので、学校生活もまた違った感じになるだろう。まぁ前回の嫌な思い出が強烈過ぎるので、どうしようかと何日か迷ったけれど、少しでもやってみようという気があるときはとりあえずやってみる!という言葉を思い出し、復学の連絡をしたというわけだ。行ってみてやっぱり合わなければまた考えればいいこと、やってみなきゃわからない。



今年の冬はそんなに寒くないよとこの前アランに言われたけれど、やっぱり寒い。
暖かいとお風呂がなくてもいいやと思うのだけど、やはり寒いと恋しいもの。今度日本に帰って一番にやりたいことは、湯船に浸かることだなぁ。

2012年6月11日月曜日

ひっそりやりたいのに



壁が薄いのでなるべく息をはぁはぁ言わせないようにやろうと思ったら、逆にフンフン息が漏れていやらしいかんじになったので、はぁはぁ出すようにしたらこれまた怪しくなって、どうしようか迷っている。でも隣の部屋の子にまさかズンバを部屋でやっていると思われたくないので、ひっそり激しくできる方法を考える。

最近またジムのズンバに少し飽きてきている。ちょっと毎日行き過ぎたかなぁと今日はお休みすることにした。やはり同じ先生のクラスを受けていると動かす場所が固定されるのだ。その先生にもやっぱり好きな動きがあるので、どうしてもそれが多くなってきてしまう。先生自身、また私以上に毎日受けている子たちは飽きないのかな。ま、毎日同じことを繰り返すのがフィットネスということなのか。同じことでも飽きなければいいんだよね、それを見つけるのが難しいのだけど。

zumbaやってみてne。分からないときは適当に踊るんだよ、止まらずにね。

2012年6月9日土曜日

わたしのヨーダ


「ヨーダに似てるよね」
『ヨーダ?』
「知らない?」
『とりあえず、、人の名前だよね?』
「そうだね」






そのあとこれが送られてきた。ヨーダ。
これに似てると言うなんて失礼だなぁと一瞬思ったけれど、私もそうとしか思えなかったので笑いを堪えるのに必死だった。それにしても私が人の名前だよねと聞いたのに、そうだねと普通に返す相手も面白い。さっきファイルを整理しているとこの画像が出てきたので、ついついネタにしてしまった。あとでヨーダにメールしよう。

ここ最近調子ガタ落ちなのだ、昨日は悔しくて眠れなかった。
昨日は発散するようにサルサを踊りまくった、と言っても習ったことはないのでちょっと真似てみただけ。あまりに調子に乗って踊っていると、サルサが踊れる子なのかと思われたようで誘ってもらうも全然踊れず申し訳なかった。それにしてもこんなに楽しいとは思わず、いちごのかっちゃんがサルサにハマった気持ちが今になってようやく分かった。

で、踊りながら思った。踊りは下手くそでも踊って、ステップを教えてほしいと自分から言い出せるのに、なんで英語になると怖じ気づいてしまうんだろうと、ほんと自分が嫌になりそうだった。知り合ってすぐはいいのだ、自己紹介に簡単なこと、私でもまだ聞けることや言えることがある。しかしその先になるともう相槌しか打てないし、もういいやと諦めてしまう自分もいて、そういう雰囲気はやっぱり相手にも伝わっているようでお互い気分が悪い。

踊るのも話すのも同じことで、体で覚えるのが一番なのは分かってる。なのに怖がって同じところを行ったり来たり、もうそんな自分に最近うんざりしているのだ。昨日も出かける前は今日こそはと意気込んでいたのに、結局シャイなおだんごちゃんで終わってしまった。あのね、全然シャイじゃないんだからね、慣れ慣れしいの得意なんだからねと言いたくなる。


またちょっと焦っていたのかもしれない。周りがオークランド大学の子ばかりなので、他国から来ていると言えども皆話せて当たり前というかんじなのだ。それに比べるとはるかに話せない自分がなんだか惨めというか、比べなくてもいいことをまた比べてしまって、しかももう4ヶ月も過ぎちゃったしな〜と正直時間を気にしてしまう自分もいたりして一人空回りしていた。

何も焦ることはなにのに、誰とも比べる必要はないのに。他人の目なんて気にしないと言いつつも、まだがっつり気にしている自分がここにいた。私が成長していくなかで、誰がどうやってこんなことを教えたのだろう。勝手に身に付いちゃうものなのかな。まぁ人のせいにしたって何も変わらないので、余計なものは自分で捨てるしかない。

とまぁ、最近停滞期なのでブログもなんとなく書けない。
気分転換しないとなぁ。