こんな気持ちのいい喧嘩ってあるのかよ、と思いながら本を閉じた。
今日は部屋のなかでも白い息がバンバン出るほど寒いのだけど、興奮している私にとってはこれくらいが丁度いいのかもしれない。暖房もホットカーペットも必要ないぞ。
つい最近のこと、うちの勝先生から面白いよと教えてもらった副島隆彦という人の対談本を読んだ。本を読む前に少しだけ動画を見ていて、そのときは「石原元都知事に似ているけど不思議と嫌なかんじはしない」と、まぁそれくらいの印象だった。私は以前から石原さんが苦手で、あの人とは一生話が合わんだろうなと偉そうにもそう思っている。そんな石原さんっぽいけどなぜか好印象の副島さん、今はとっても好きで次の1冊をすでに持っている。
今回読んだのは武田邦彦との対談本『原発事故、放射能、ケンカ対談 (2011)』というもの。正直、今の今まで原発についてよく分かっておらず、私は今かなり反省をしている。震災があった日、私は都内にいて、道路が波のようにうねるのを実際に味わった。もちろん怖かったし、それよりも何が何だか分からなかった。原発について、「え、そんなに危ないの?」とその程度のもの。元々、震災のあった月末に退職し、実家に帰るということを決めていたので、私は四国へ戻り、その後はテレビと新聞で情報をなんとなく追う、という毎日を送った。愛媛では震災が別世界で起こったかのように思われていて(私の周りを見る限り)、私も原発について知ろうとしていなかったにも関わらず、感情まかせで「悲しい、腹が立つ」などとよく言っていた。その後も自分のことが精一杯で、他のことに目を向ける余裕もなく、そして海外へ行くことになり、私の原発に対する興味はますます失われていった。海外ではよく震災や原発のことを聞かれ、私はこわかった、ひどかったの繰り返し。しかし、震災ジョークを言われると苦笑いもできずマジギレしていて、学校が嫌いになった理由もそこにある。ヨーロッパでは何度もあった、酔っぱらっているのは分かるけれど、いい加減にしろと私は怒りを抑えるのに必死だったのを今でもはっきり覚えている。
しかし、そんな私も私がこんにゃろう!と思っていた人たちと何も変わらなかった。前々から気付いてはいたけれど、この本を読んでハッキリわかった。自分こそバカ野郎なのだ。
副島隆彦は最近ここによく登場する小室先生から色々学ばれた方で、確かに小室先生とすごく似ている。とは言え、まだ本を1冊読んだ程度なのでお前に何がわかるんだ!というレベルなのだけど、それでも私は感動している。読みながら特に思うのが、知識量が半端ないということ。桁違いに学んでいるということが明らかなのだ。好きなところは難しい言葉を使わないところ、小室先生と同じで分かりやすい。ちょっと嫌いなのは人の話を「もういいです」と終了させてしまうところ。
対談相手の武田邦彦も以前から好きで、何冊か本を読んだことがある。そんな二人のケンカ対談は最後の最後まで面白かった。初っぱなから2人の立っている場所が違うので、こんなの絶対最後まで話が合わないじゃんと思っていたけれど、最終的にはなんとなく落ち着いて(和解ではないけれど)、私もコーヒーを淹れながらホッと一息ついた。
副島さんは政治・社会・経済、さらには法学などあらゆることを学んでいて、日本を本気で救おうとしている評論家。政府の人間ではない。武田さんは原発や放射能のことにおいてはトップクラスの科学者。19人の原子力委員、安全委員のなかで、ただ一人原発の安全性について反対し続けた人。
たぶん副島さんのことを知らずにこの本を読むと、嫌な気分になる人が多い気がする。さっきamazonのレビューを読んでみたけれど、実際そんな人が多かった。気持ちは分からなくもない。でもね、これが副島さんで、私は好きなのだ。
私が思うに、二人の意見がなぜ一致しないのかというと、一番に誰を守るのかという肝心なところが違うのだ。二人とも日本のことを一生懸命に考えて、多くの人を救おうとしているし、汚い政府を許さない、すばらしい方たちなのだ。しかし、副島さんは「ごちゃごちゃ言う前に目を前の人を救おうよ」と言い、武田さんは「今後より多くの人が助かるように」と発言する、出発点が違うのだ。
以前、ハーバード大学、マイケル・サンデルの「これから正義の話をしよう」の話を書いたけれど、あれについて副島さんは面白いことを言っていた。
コミュニタリアンというのは「二人の人間と一人のおじいさんを助けるときどっちを助けますか?」なんて言うけれど、助けられるほうを助ければいいじゃないか、そんなこといちいち言わなくても、助けられなきゃ助けられないし、できないことはしません。くだらないことをあっちにしますかこっちにしますかって言って、ああやって人を騙すんです!
確かにそうだなと、マイケルサンデルの講義を真面目に見ていた自分が笑えた。とまぁ、副島さんはこんな人なのだ。だから被災地の人のことを一番に考えている。東京にいる赤ちゃんや子どものことよりも、被災地の人をまず一番に救う。一方武田さんは、被ばくの影響を受けやすい小さな子どもたち(未来の日本)を一番に守ろうとしている。どちらも正しいのだ。
この対談本は2011年6月の発行で、もう1年半以上前になる。その間に色んなことが変わっているだろうし、この二人も変わっているのだろうと思う。とりあえず今後私が原発について考える1つの参考本として、次回まとめて書いておこうと思っている。
何度も耳にした、ほにゃららシーベルトという単位。
私のスマホは放射能測定機能がついていて、こんなもんいらんのに...とずっと思ってきた。よく間違って測定ボタンを押してしまい、ちょっとイラっとさせられている。が、しかし、今初めてやってみたら、、、0.09マイクロシーベルトだって。本を読んで、やっとこの単位が分かり、マイクロシーベルトか...ふむふむ、なんて思っている。
原発は本当に他人事ではなく、私も電気を使っているし、愛媛にも伊方原発がある。
とにかく今は、知ることだ。
そうだ、まだ内容の一番肝心なところは書いていないからne.
でも長くなったので、今日はおわり。
今日は部屋のなかでも白い息がバンバン出るほど寒いのだけど、興奮している私にとってはこれくらいが丁度いいのかもしれない。暖房もホットカーペットも必要ないぞ。
つい最近のこと、うちの勝先生から面白いよと教えてもらった副島隆彦という人の対談本を読んだ。本を読む前に少しだけ動画を見ていて、そのときは「石原元都知事に似ているけど不思議と嫌なかんじはしない」と、まぁそれくらいの印象だった。私は以前から石原さんが苦手で、あの人とは一生話が合わんだろうなと偉そうにもそう思っている。そんな石原さんっぽいけどなぜか好印象の副島さん、今はとっても好きで次の1冊をすでに持っている。
今回読んだのは武田邦彦との対談本『原発事故、放射能、ケンカ対談 (2011)』というもの。正直、今の今まで原発についてよく分かっておらず、私は今かなり反省をしている。震災があった日、私は都内にいて、道路が波のようにうねるのを実際に味わった。もちろん怖かったし、それよりも何が何だか分からなかった。原発について、「え、そんなに危ないの?」とその程度のもの。元々、震災のあった月末に退職し、実家に帰るということを決めていたので、私は四国へ戻り、その後はテレビと新聞で情報をなんとなく追う、という毎日を送った。愛媛では震災が別世界で起こったかのように思われていて(私の周りを見る限り)、私も原発について知ろうとしていなかったにも関わらず、感情まかせで「悲しい、腹が立つ」などとよく言っていた。その後も自分のことが精一杯で、他のことに目を向ける余裕もなく、そして海外へ行くことになり、私の原発に対する興味はますます失われていった。海外ではよく震災や原発のことを聞かれ、私はこわかった、ひどかったの繰り返し。しかし、震災ジョークを言われると苦笑いもできずマジギレしていて、学校が嫌いになった理由もそこにある。ヨーロッパでは何度もあった、酔っぱらっているのは分かるけれど、いい加減にしろと私は怒りを抑えるのに必死だったのを今でもはっきり覚えている。
しかし、そんな私も私がこんにゃろう!と思っていた人たちと何も変わらなかった。前々から気付いてはいたけれど、この本を読んでハッキリわかった。自分こそバカ野郎なのだ。
副島隆彦は最近ここによく登場する小室先生から色々学ばれた方で、確かに小室先生とすごく似ている。とは言え、まだ本を1冊読んだ程度なのでお前に何がわかるんだ!というレベルなのだけど、それでも私は感動している。読みながら特に思うのが、知識量が半端ないということ。桁違いに学んでいるということが明らかなのだ。好きなところは難しい言葉を使わないところ、小室先生と同じで分かりやすい。ちょっと嫌いなのは人の話を「もういいです」と終了させてしまうところ。
対談相手の武田邦彦も以前から好きで、何冊か本を読んだことがある。そんな二人のケンカ対談は最後の最後まで面白かった。初っぱなから2人の立っている場所が違うので、こんなの絶対最後まで話が合わないじゃんと思っていたけれど、最終的にはなんとなく落ち着いて(和解ではないけれど)、私もコーヒーを淹れながらホッと一息ついた。
副島さんは政治・社会・経済、さらには法学などあらゆることを学んでいて、日本を本気で救おうとしている評論家。政府の人間ではない。武田さんは原発や放射能のことにおいてはトップクラスの科学者。19人の原子力委員、安全委員のなかで、ただ一人原発の安全性について反対し続けた人。
たぶん副島さんのことを知らずにこの本を読むと、嫌な気分になる人が多い気がする。さっきamazonのレビューを読んでみたけれど、実際そんな人が多かった。気持ちは分からなくもない。でもね、これが副島さんで、私は好きなのだ。
私が思うに、二人の意見がなぜ一致しないのかというと、一番に誰を守るのかという肝心なところが違うのだ。二人とも日本のことを一生懸命に考えて、多くの人を救おうとしているし、汚い政府を許さない、すばらしい方たちなのだ。しかし、副島さんは「ごちゃごちゃ言う前に目を前の人を救おうよ」と言い、武田さんは「今後より多くの人が助かるように」と発言する、出発点が違うのだ。
以前、ハーバード大学、マイケル・サンデルの「これから正義の話をしよう」の話を書いたけれど、あれについて副島さんは面白いことを言っていた。
コミュニタリアンというのは「二人の人間と一人のおじいさんを助けるときどっちを助けますか?」なんて言うけれど、助けられるほうを助ければいいじゃないか、そんなこといちいち言わなくても、助けられなきゃ助けられないし、できないことはしません。くだらないことをあっちにしますかこっちにしますかって言って、ああやって人を騙すんです!
確かにそうだなと、マイケルサンデルの講義を真面目に見ていた自分が笑えた。とまぁ、副島さんはこんな人なのだ。だから被災地の人のことを一番に考えている。東京にいる赤ちゃんや子どものことよりも、被災地の人をまず一番に救う。一方武田さんは、被ばくの影響を受けやすい小さな子どもたち(未来の日本)を一番に守ろうとしている。どちらも正しいのだ。
この対談本は2011年6月の発行で、もう1年半以上前になる。その間に色んなことが変わっているだろうし、この二人も変わっているのだろうと思う。とりあえず今後私が原発について考える1つの参考本として、次回まとめて書いておこうと思っている。
何度も耳にした、ほにゃららシーベルトという単位。
私のスマホは放射能測定機能がついていて、こんなもんいらんのに...とずっと思ってきた。よく間違って測定ボタンを押してしまい、ちょっとイラっとさせられている。が、しかし、今初めてやってみたら、、、0.09マイクロシーベルトだって。本を読んで、やっとこの単位が分かり、マイクロシーベルトか...ふむふむ、なんて思っている。
原発は本当に他人事ではなく、私も電気を使っているし、愛媛にも伊方原発がある。
とにかく今は、知ることだ。
そうだ、まだ内容の一番肝心なところは書いていないからne.
でも長くなったので、今日はおわり。

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