2012年6月28日木曜日

IF...?

もしタイムスリップしたら。
未来のことばかり考えていたけれど、過去の場合はまったく考えていなかった。
もし私が幕末の頃にタイムスリップしたら、竜馬暗殺を阻止するのか。阻止してその後どうするのか。その後の戦争を止められるのか。もしくはただその時代の人間として生きるのか。こんなことを考えるのも、今ジパング(漫画)を読んでいるからなのだ。

簡単なあらすじを言うと、現代の海上自衛隊のイージス艦がミッドウェー海戦直前の太平洋沖にタイムスリップして、さてどうするか、という話。どうすると思う?

その時代においては最強の軍艦を持ち、歴史の流れもすべて知っている未来の人間。戦争が終わるまで隠れることは不可能、食料も燃料も必要。もちろん見つかれば攻撃を受ける。日本軍に加勢して戦うのか、それとも戦争放棄か。米軍戦闘機40機が撃ち落としにくる、もう逃げられない。こちらはスイッチ1つで空母も吹っ飛ばせるほどの力を持っている、しかし自分の手で数千人を一気に殺してしまうことにもなる。砲雷長菊池、どうする。

と、私はもうその先まで読み進めているので、気になったら読んでみてne。


さらにもしを続けて、自分が戦時中に生きているとして、未来からきた人間が今後の世界のことをすべて教えてくれると言ったら、自分なら聞くだろうか。それとも聞かないだろうか。


「運命を知ってしまうことが怖くないのか!?」

『生きているということは、、、知ることなのだ、、、』



一巻から飛ばしてくれるよね〜。
wikiりたいけど、wikiるの禁止のお約束をちゃんと守っている。とりあえず何巻まであるかくらい知りたいよね。うずうず。

漫画の良いところって、こういう思考を始めるきっかけをつくってくれるところなんだ。普段生活しているなかじゃこんなこと考えないでしょっていうことを持ちかけてくる。漫画の世界は何でもできる、銀河の果てだって行けるし、タイムスリップだってできる。じゃあ自分は何をする、何がしたい。私にはここまでしかできない、そんな枠ぶっ壊してしまえ!なんてね。もちろん「あるがまま」という考えも好きだ。色んな考え方があっていい、色んな生き方があっていい。そのなかで自分が何を選ぶか。私はまだまだ冒険するんだ。




学校に戻ってはや2週間、ユーモアのセンスがないなと毎日思う。
クラスは6人、ロシア3ジャパン3、現在完敗中なのだ。
1授業でせめて1回くらい笑いが取りたいところなのだけど、すべてロシア勢にもっていかれる。一緒になって笑ってばかりなので、来月は巻き返すぞと決めている。ほんと、昔からツッコむのも下手くそだし、ボケられないし、上手になりたいんだけどなぁ。

2012年6月26日火曜日

夢はでっかく

俺は、自分がマンガから来たと思っている。
俺は、マンガを自分の親のように思っている。
俺は、マンガによって育てられたと思っている。
・・・・・・

これは三代目魚武濱田成夫の『俺の偉人達』のまえがきに書いてあったもので、読みながら「あーあ、先に書かれちゃった」と思いつつも、とても嬉しかった。最近どうも本調子じゃないなと思っていたけど、ここ1ヶ月ほど漫画を読んでいなかったからかなと、この本を読みながら思う。彼が書いていて気付いたのだけど、私も漫画によって自分のなかのスイッチを入れている。とくに私のなかにある夢・情熱スイッチ、皆に熱いねと言われることが多いのだけど、その源は実は漫画なのだ。

ここ2ヶ月ほど、私はつまらない大人になっていた。でかいことを考えることもなく、決められた枠のなかでモノを考え行動し、調子が良さそうに振る舞っていた。いや、別に調子が悪かったわけではないけれど、檻の中で安定した生活を送っていた。もちろんそれが悪いとは言わない、しかし私にとっては何か物足りない日々。それに気付かせてくれたのが、先週何気なく行った美術館で出会った姉妹だった。美術館で迷子になり歩き回って辿りついたのが子供用のプレイルーム。去ろうとすると呼び止められ、一緒に絵を描こうと誘ってもらったのでとりあえず一枚描くことに。様々なアートに触れたばかりだったので、ちょっとカッコいい一枚でも描いてやろうとたくさんの色鉛筆を使って顔を描いた。出来上がった自分の絵をみて、なかなかの出来だなと自己満足していたら、隣の少女の絵を見てハッとする。そこには私の忘れていたものが描かれていたのだ。

自分の描いたキレイにまとまり過ぎた絵を見て、つまらないものを描いちゃったなぁと少し隠したくなる。私の中で輪郭はこう、目はこう、鼻はこう、口はこう、、、とすべて元から決まっていたのだ。いつも同じ絵しか描けない自分がそこにいた。子どもたちに触発されたのか、そのあとは夢中になって彼女たちと一緒にセロファンで遊び、少し経って姉妹の母親がやってきては私たちが作ったものをベタ褒めするもんだから、私も子どものように一緒に喜んだ。それからアパートに戻ると、三代目〜の本が送られてきていて、まるで何かが私に忘れていたものを思い出させようとしているような、そんな一日だった。




話は変わり、最近新しい名前ができた。
おまんじゅうちゃん。
おだんごちゃんにおまんじゅうちゃん、どっちもアンパンマンに出てきそうな名前なので、いっそのことデビューできないかなと思っている。月から来たって設定で、もちろん顔はまん丸、そうだ、ふてくされた感じも忘れずにね。新しい夢が出来ちゃったなぁ。

2012年6月18日月曜日

ふたたび

3ヶ月ぶりに学校へ行く。
今朝はちょっと緊張していて、久しぶりに時間が過ぎるのが早く感じた。「おだんごちゃんえらいえらい」と同じアパートの子たちに褒めてもらいながらの出発。学校へ行ってみて色々思うことはあったのだけど、とりあえず無事1日目を終えた。

今月はなにかとバタバタ。
来週はゆっくり何か書こうと思う。

2012年6月12日火曜日

ウクレレバージョンを聴きながら

めちゃくちゃ良い夢を見たおかげで、目が覚めたとき久々に「まじかよ〜」と思いっきりため息をついてしまった。大体ありえないストーリー展開の場合、夢のなかで「コレは夢だ」と認識できるのだけど、今回はあまりにリアル過ぎたのですっかり現実だと思い込んでしまった。もう全部疑っていこう、あの野郎め。

昨日一昨日と何人かからメールをもらったのだけど、ヨーダは私のことではないからね〜。確かに読み返してみると自分がヨーダに似てるという風に読めるね、日本語って難しい。本人にヨーダに似てるよねなんて言う奴がいたら、本当に失礼な奴だ(笑)そんな子はお仕置きお仕置き。あと昨日載せたyoutube、あれ難しいんだ、私も出来ない。でも適当に踊れと言われても意外と難しいでしょ。こうやって踊りなさいとか、こうやってリズムに乗りなさいとか、別にルールはないのだけど、なぜかこう踊らなきゃいけないとか変に考えてしまう。いつだったか忘れたけれど、中学校の学習指導のなかにダンスが必修になったという記事を読んだ。どういう授業になるのかなと結構興味がある。間違っても、先生(見本)がいないと踊れないという風にはしてほしくないなぁ。

実はおだんご学校プランというのを以前から考えていて、一応全科目の進め方をつくってある。意外と良い案だと思うので、いつかここにも書いてみようかしら。それを考えるきっかけになったのが、竹内敏晴の『ことばとからだの戦後史(1997)』。なんでこんな大事なこと教えてくれる先生がいなかったんだよと思った一冊。教えるとはどういうことなのかとも考えた、私のおすすめの本なので、次何読もうかな〜と迷ったときはぜひ読んでみてne。


そんな私、休学していた語学学校にまた通うことにした。
あんなに嫌いだった学校だけど、不思議とまた行ってみたいなという気持ちが少し湧いてきたのだ。あの時は勉強しなければ(have to)という気持ちでいっぱいだったけれど、今は勉強したい(want to)という気持ちに変わっているので、学校生活もまた違った感じになるだろう。まぁ前回の嫌な思い出が強烈過ぎるので、どうしようかと何日か迷ったけれど、少しでもやってみようという気があるときはとりあえずやってみる!という言葉を思い出し、復学の連絡をしたというわけだ。行ってみてやっぱり合わなければまた考えればいいこと、やってみなきゃわからない。



今年の冬はそんなに寒くないよとこの前アランに言われたけれど、やっぱり寒い。
暖かいとお風呂がなくてもいいやと思うのだけど、やはり寒いと恋しいもの。今度日本に帰って一番にやりたいことは、湯船に浸かることだなぁ。

2012年6月11日月曜日

ひっそりやりたいのに



壁が薄いのでなるべく息をはぁはぁ言わせないようにやろうと思ったら、逆にフンフン息が漏れていやらしいかんじになったので、はぁはぁ出すようにしたらこれまた怪しくなって、どうしようか迷っている。でも隣の部屋の子にまさかズンバを部屋でやっていると思われたくないので、ひっそり激しくできる方法を考える。

最近またジムのズンバに少し飽きてきている。ちょっと毎日行き過ぎたかなぁと今日はお休みすることにした。やはり同じ先生のクラスを受けていると動かす場所が固定されるのだ。その先生にもやっぱり好きな動きがあるので、どうしてもそれが多くなってきてしまう。先生自身、また私以上に毎日受けている子たちは飽きないのかな。ま、毎日同じことを繰り返すのがフィットネスということなのか。同じことでも飽きなければいいんだよね、それを見つけるのが難しいのだけど。

zumbaやってみてne。分からないときは適当に踊るんだよ、止まらずにね。

2012年6月9日土曜日

わたしのヨーダ


「ヨーダに似てるよね」
『ヨーダ?』
「知らない?」
『とりあえず、、人の名前だよね?』
「そうだね」






そのあとこれが送られてきた。ヨーダ。
これに似てると言うなんて失礼だなぁと一瞬思ったけれど、私もそうとしか思えなかったので笑いを堪えるのに必死だった。それにしても私が人の名前だよねと聞いたのに、そうだねと普通に返す相手も面白い。さっきファイルを整理しているとこの画像が出てきたので、ついついネタにしてしまった。あとでヨーダにメールしよう。

ここ最近調子ガタ落ちなのだ、昨日は悔しくて眠れなかった。
昨日は発散するようにサルサを踊りまくった、と言っても習ったことはないのでちょっと真似てみただけ。あまりに調子に乗って踊っていると、サルサが踊れる子なのかと思われたようで誘ってもらうも全然踊れず申し訳なかった。それにしてもこんなに楽しいとは思わず、いちごのかっちゃんがサルサにハマった気持ちが今になってようやく分かった。

で、踊りながら思った。踊りは下手くそでも踊って、ステップを教えてほしいと自分から言い出せるのに、なんで英語になると怖じ気づいてしまうんだろうと、ほんと自分が嫌になりそうだった。知り合ってすぐはいいのだ、自己紹介に簡単なこと、私でもまだ聞けることや言えることがある。しかしその先になるともう相槌しか打てないし、もういいやと諦めてしまう自分もいて、そういう雰囲気はやっぱり相手にも伝わっているようでお互い気分が悪い。

踊るのも話すのも同じことで、体で覚えるのが一番なのは分かってる。なのに怖がって同じところを行ったり来たり、もうそんな自分に最近うんざりしているのだ。昨日も出かける前は今日こそはと意気込んでいたのに、結局シャイなおだんごちゃんで終わってしまった。あのね、全然シャイじゃないんだからね、慣れ慣れしいの得意なんだからねと言いたくなる。


またちょっと焦っていたのかもしれない。周りがオークランド大学の子ばかりなので、他国から来ていると言えども皆話せて当たり前というかんじなのだ。それに比べるとはるかに話せない自分がなんだか惨めというか、比べなくてもいいことをまた比べてしまって、しかももう4ヶ月も過ぎちゃったしな〜と正直時間を気にしてしまう自分もいたりして一人空回りしていた。

何も焦ることはなにのに、誰とも比べる必要はないのに。他人の目なんて気にしないと言いつつも、まだがっつり気にしている自分がここにいた。私が成長していくなかで、誰がどうやってこんなことを教えたのだろう。勝手に身に付いちゃうものなのかな。まぁ人のせいにしたって何も変わらないので、余計なものは自分で捨てるしかない。

とまぁ、最近停滞期なのでブログもなんとなく書けない。
気分転換しないとなぁ。