2013年11月30日土曜日

まどマギが面白かった件


通称「まどマギ」、魔法少女まどか☆マギカ

びっくりするくらい面白かったので書いておく。


見る前の私はタイトルだけで退いてしまっていたのだが、多くの人が同じような反応をしてしまっていると思う。が、そこらの小説なんかより断然面白い。半沢直樹に倍返しされたって、まどマギのほうが圧倒的に面白い。

なぜ私が「まどマギ」を見ることになったかは、この際どうでもいい。
とにかく面白かったということだけを、今回はダラダラ綴る。




魔法少女話といえば、サリーちゃん、ひみつのアッコちゃん、キューティーハニーやセーラームーン、最近だとプリキュアとか、魔法を使って誰かを助けたり、敵と戦ったりと、お決まりのパターンがぱっと思いつく。そして、それを見た女の子たちは「私も魔法を使って悪者をやっつけるんだ〜!」とか思うんだ。


しかし、まどマギは全然違うぞ!魔法少女界を見事にぶっ壊している。


なんと言っても、とにかくストーリーが面白い。
まったく想像もしない展開に震えが止まらない。
脚本の虚淵玄さん最高だよ、うろぶちげんさん。

アニメというと、オタク・子ども(幼稚)というイメージがあるけれど、一気にそれが変わる。面白いものは面白い、ジャンルなんて関係ないんだ。

あらすじは書かないので気になればwikiって。
いや、12話しかないから、連休にでもバーッと見て。





まどマギはストーリーも面白いけど、映像も良い。

検索してもらうと分かるけど、絵がね、完全なる萌え系。それだけで「あ、これパスだわ」と去っていってしまう人が結構いると思う。しかし、このアニメ、文化庁メディア芸術祭アニメーション部門でなんと大賞を取っているのだ。


「へ、なんだそれ?」

そう思ったあなたへ。
この部門で第1回大賞を取ったのは「もののけ姫」。
何年か前に話題になった「つみきのいえ」もこれで大賞を受賞している。まどマギはそれらに肩を並べる作品なのだ。

確かに今思えば、「なんか変だなこのアニメ」と見ながらずっと違和感はあった。なぜかって、魔女(敵)との戦闘シーンの背景が、普段見ているアニメではなくアートだったのだ。不思議な世界観で、今思い出すだけでも不気味だけれど、毎度引き込まれるほど魅力があった。





最後はどうまとめたらいいのか分からなくなってきた。
とにかく、最近物足りなさを感じていたら、見るのをおすすめ。
こんな面白いアニメを作る人たちがいるんだ!って、わくわくするよ〜。

2013年11月29日金曜日

かぐや姫、生きるために生まれてきた?!その②


***前回のつづき***

かぐや姫は月へ帰りたいと思ってしまった。

生きるために地球へ生まれてきたのに、周りの勝手な理想を押し付けられる毎日。

姫はこのような場所へ住まなければならない。
姫はこのような振る舞いをしなければならない。
姫はこのような殿方と結婚するべきだ。
一般人は姫に近づいてはならない。


「もううんざりなのヨォー!!!!!!」


ただ生きたいだけなのにね。
中身はからっぽの、カラダという入れ物だけがそこにある。


それからかぐや姫は色々振り返りながら、こうも思った。

「さっき月へ帰りたいと思ったけど、やっぱり待って。まだ地球にいたいの。お願いだからもう少しいさせて。」

しかし、そんなかぐや姫の願いは届かず、「一度思ったんだからもう遅いよ」と月の皆さんが総出でお迎えに。






昨日、「生きるとはココロがあることだ」と書いたが、もう1つ付け加えたい。
生きるとは、感じ、考え、そして自ら選択すること。

人間嫌なことが重なると、かぐや姫のように「月へ帰りたい」と思ってしまうことがあると思う。感情も何もない世界へ行けばこんなに苦しまなくてもいいのにな、と私は何度も思ったことがある。

ここ最近、「地球やだ、月へ行けたらいいのに」と私は心のどこかでそう思っていた。それが映画を観たことによって反応した。かぐや姫が頭から離れかったのは、きっとこのせいだったのだろう。



120分間、かぐや姫が「生きるっていいよねー!」と全力かつ気軽に教えてくれたおかげで、月なんて行くもんじゃねーなと私は思った。





「なんてことないよね、生きてるんだから。」

気に入った!

2013年11月28日木曜日

かぐや姫、生きるために生まれてきた?!その①


昨日、今話題の『かぐや姫』を観てきた。

話の流れはなんてことない、小さい頃に絵本で読み、高校の古文の授業でも読んだ、あの竹取物語、かぐや姫。月のお姫様がなぜか竹から生まれ、大きくなって突然月へ帰ってゆく。これまでは「かぐや姫とはそういう話だ」と、とくに疑問を持つこともなく過ごしてきたよ。

しかし、今回、そのなんてことのない話が丸一日経っても頭から離れないのだ。




なぜ月のお姫様が地球の竹から生まれてきたのか…、知りたい?


(からっぽの状態で観たい人は読まないでね。)




なんで生まれてきたのか、かぐや姫はこう言っていた。

『私は生きるために生まれてきた。』

これを聞いてしばらくは特に何とも思わず、もうちょっと捻ってくれてもいいのになぁと注文までつけようとしたけれど、エンドロールまできてやっと、私はこの台詞の意味が分かったような気がした。


かぐや姫の言う「生きる」とは、嬉しいとか、悲しいとか、超ムカつく〜!とか、痛いとかあったかいとか、こころ(感情)があるということだった。なんだそんなことかよ、と思うかもしれないけどね。

すてまる兄ちゃんがボッコボコにされたって(そんなシーンがある)、「そんなのどうってことないよね、生きてるもんね!」と言えちゃうくらい、かぐや姫は"生きること"をものすごく欲していたのだ。


でもなんで?

かぐや姫の故郷である月は、悟った者(=神様)が住む場所という設定で、そこには一切感情がなく、生きる・死ぬということすらない世界だった。だからこそ、そんな月から見えたドクドクと血が流れる「生きた」球体に、なんかいいなと姫は惹かれてしまったのだ。

そして、そんなに味わいたいなら味わってこいと青い地球へ飛ばされ、そこから例のストーリーが始まる。ったく、悟ってるくせに厳し過ぎだろと言いたくなるよ。でもまぁ、竹の中へやってくるまでの経緯はきっとこんなかんじ。



(ちなみに、強制的に月に連れ戻された理由もちゃんと描かれていたよ。)





それでね、かぐや姫、「地球やだ、もう月に帰りたい」と思っちゃったんだ。

え、地球に憧れてたんじゃないの?つづく〜