沈黙の艦隊を読み終えてどれくらいが経つのだろう。
衝撃的な漫画だった。正直結末はパッとしなかったけれど(期待をし過ぎていた)、そこに行き着くまでは凄まじいストーリーだった。
全32巻、31巻を読み終えたところで思うことをすべて紙に書き出した。結末を知る前に自分なりの考えを出しておきたかったのだ。あの時はまず、知っている国の名前を全部書き出すことから始めた。私が言えたのは日本も含めてちょうど60カ国。確か200前後くらいだったよな〜と外務省のサイトを見てみると195カ国と書いてあった。その他サイトを見てみると、色々な基準があるためコレという決まった数はないということだったが、とりあえず200前後として私は約4分の1しか知らなかったことになる。
日本は北朝鮮を国家認証していないということを外務省のサイトで初めて知った。195カ国の中に北朝鮮は含まれていないのだ。国家認証すると何かまずいことでもあるのかな、それすら分からない私がいる。
国を書き出したあと、今度はその国々に対するイメージや知っていることを書き出す作業をした。書きながらすでに分かりきっていたのだけど、いざ書き終えたものを見てみると「私って何も知らないんだ」ということが一目瞭然だった。名前しか知らない、場所も分からないという国も多く、日本のことでさえも大したことが書けなかった。情けなかった。
今回私が強く思ったことは、「無知」が争いや差別、不安や不満、その他マイナスのことを生んでいるんだということだった。物事や相手のことをきちんと理解していれば、無闇に攻撃したりはしないと思うのだけど、どうだろう。相手を知るということは自分を知ることでもあると思う。とは言え、とやかく言える立場ではないので、まずは自分から変わろうと思っている。
核は絶対なくなる、戦争も差別もなくなる。
来年かもしれないし、20年後かもしれない、私が死んだずーっとずーっとあとかもしれない。いつかは必ずなくなる。それに向けてどんどん動き始めなければ。生きるのに精一杯でそんなことにかまってられないという人もいるかもしれない、それはそれでいい。その分私がこれから学んでおくから気にするな!と言いたい。まずは自分から、なのだから。
漫画のなかでは核廃止のために原潜を利用したシステムを導入しようという流れがあったが、最近お気に入りの苫米地英人が『日本の盲点(2011)』でも同じシステムのことを書いてあった。あくまでも一提案ということだったけれど、私は一提案としても反対だ。核を使って核廃止だなんて、気が狂っているとしか思えない、威嚇としてであっても核使用は間違っている。そんな考えを持っている限り、核はなくならないであろう。
昔、Govinda(yogaの先生)とこんな話をした。
O:「私はこの世から戦争をなくしたいです。でも、もし自分が銃を向けられたとして、もしくは日本が爆撃を受けたとして、自分や家族、周りの人たちを助けるために私も武器を持って戦うべきではないのですか?ヨガ、あなたの教えでは、どんな状況であっても戦うべきではないと言っているけれど、まずは生きること、命を守ることが最優先なのではないのですか?」
G:『その考えを持っている限り、世の中からは武器、戦争はなくならない。まずはその考えから捨てなさい。』
O:「じゃあ黙って殺されろってことですか?」
G:『おだんごはこの世から戦争をなくしたいんだよね。』
O:「そうです。」
G:『君のなかに例えば銃を持って戦うという考えがある限り、この世からも銃や戦争はなくならないんだよ、わかる?』
O:「でも、死んだら何もできないんですよ。それでも先生は同じことを言うんですか?」
と、その後も私が何を言っても「その考えをまず捨てなさい」としか彼は言わなかった。その時は、「Yogaの教えってずるい」「Yogaをやってても私は死ぬだけだ」「結局GovindaやYogaの言うことって世の中では通用しないじゃん」と思っていた。
しかし、今なら分かるような気がする。そう言えば、同じようなことを吉福さんも言っていた。自分が今見ている世界は自分自信を投影したものだと。
つづく。
衝撃的な漫画だった。正直結末はパッとしなかったけれど(期待をし過ぎていた)、そこに行き着くまでは凄まじいストーリーだった。
全32巻、31巻を読み終えたところで思うことをすべて紙に書き出した。結末を知る前に自分なりの考えを出しておきたかったのだ。あの時はまず、知っている国の名前を全部書き出すことから始めた。私が言えたのは日本も含めてちょうど60カ国。確か200前後くらいだったよな〜と外務省のサイトを見てみると195カ国と書いてあった。その他サイトを見てみると、色々な基準があるためコレという決まった数はないということだったが、とりあえず200前後として私は約4分の1しか知らなかったことになる。
日本は北朝鮮を国家認証していないということを外務省のサイトで初めて知った。195カ国の中に北朝鮮は含まれていないのだ。国家認証すると何かまずいことでもあるのかな、それすら分からない私がいる。
国を書き出したあと、今度はその国々に対するイメージや知っていることを書き出す作業をした。書きながらすでに分かりきっていたのだけど、いざ書き終えたものを見てみると「私って何も知らないんだ」ということが一目瞭然だった。名前しか知らない、場所も分からないという国も多く、日本のことでさえも大したことが書けなかった。情けなかった。
今回私が強く思ったことは、「無知」が争いや差別、不安や不満、その他マイナスのことを生んでいるんだということだった。物事や相手のことをきちんと理解していれば、無闇に攻撃したりはしないと思うのだけど、どうだろう。相手を知るということは自分を知ることでもあると思う。とは言え、とやかく言える立場ではないので、まずは自分から変わろうと思っている。
核は絶対なくなる、戦争も差別もなくなる。
来年かもしれないし、20年後かもしれない、私が死んだずーっとずーっとあとかもしれない。いつかは必ずなくなる。それに向けてどんどん動き始めなければ。生きるのに精一杯でそんなことにかまってられないという人もいるかもしれない、それはそれでいい。その分私がこれから学んでおくから気にするな!と言いたい。まずは自分から、なのだから。
漫画のなかでは核廃止のために原潜を利用したシステムを導入しようという流れがあったが、最近お気に入りの苫米地英人が『日本の盲点(2011)』でも同じシステムのことを書いてあった。あくまでも一提案ということだったけれど、私は一提案としても反対だ。核を使って核廃止だなんて、気が狂っているとしか思えない、威嚇としてであっても核使用は間違っている。そんな考えを持っている限り、核はなくならないであろう。
昔、Govinda(yogaの先生)とこんな話をした。
O:「私はこの世から戦争をなくしたいです。でも、もし自分が銃を向けられたとして、もしくは日本が爆撃を受けたとして、自分や家族、周りの人たちを助けるために私も武器を持って戦うべきではないのですか?ヨガ、あなたの教えでは、どんな状況であっても戦うべきではないと言っているけれど、まずは生きること、命を守ることが最優先なのではないのですか?」
G:『その考えを持っている限り、世の中からは武器、戦争はなくならない。まずはその考えから捨てなさい。』
O:「じゃあ黙って殺されろってことですか?」
G:『おだんごはこの世から戦争をなくしたいんだよね。』
O:「そうです。」
G:『君のなかに例えば銃を持って戦うという考えがある限り、この世からも銃や戦争はなくならないんだよ、わかる?』
O:「でも、死んだら何もできないんですよ。それでも先生は同じことを言うんですか?」
と、その後も私が何を言っても「その考えをまず捨てなさい」としか彼は言わなかった。その時は、「Yogaの教えってずるい」「Yogaをやってても私は死ぬだけだ」「結局GovindaやYogaの言うことって世の中では通用しないじゃん」と思っていた。
しかし、今なら分かるような気がする。そう言えば、同じようなことを吉福さんも言っていた。自分が今見ている世界は自分自信を投影したものだと。
つづく。

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