2012年10月16日火曜日

Some Like It Hot

今の今まで、マリリンモンローなんて名前と顔くらいしか知らなかったけれど、さっきこの映画を見てやっと分かった、皆が彼女に惹かれる理由が。

こんなに可愛らしい人がいたんだね〜。
それにしてもこの映画、面白いね、笑えた。


2012年10月15日月曜日

風邪のときはおとなしく

プールに行けば風邪も吹っ飛ぶかなと思ったけれど、そんなこと、あるわけなかった。おかげでますますひどくなる。

久々のプールは楽しかったけれど、たった100M泳いだだけでもうフラフラだった。Hey, lazy girl!と言われ、ブクブクブクと水の中に隠れる。フラフラだったのは元から体力がないだけなのか、風邪で若干弱っているからなのか、微妙なところ。

プールには素敵なインストラクターがいて、その彼が見える範囲ではいつもお腹をひっこめていた。コンラッドと彼が知り合いで、彼らが話しているときはいつもコンラッドの後ろに隠れ、「どーも」という感じでさらにお腹をひっこめていた。そんな夏がすでに懐かしい。
それから数日後、友人の家の晩ご飯に招待されたので行ってみると、なんとその彼がいたのだ。「あ...プールの...!」『あ...君は...!』なんていう夜の再会。その友人の親友だったらしく、服を着ていてもやはり彼はまぶしかった。名は"アンドリュー"、リューのところを巻き舌でね、ウィーンでは有名な水泳選手だったんだとか。それから皆で仲良く食事をしていたのだけど、どうも気になったので聞いてみた、

「ところでさ、この可愛い子ちゃんたちは誰の子?」

『僕の娘だよ』

と、あんどりゅー。もうそこからはお腹をひっこめることもなくなった。しかし、どこへ行っても子どもは可愛いし面白い。ロンドンでは「おだんごの子どもが早く見たいよ」と何度も言われたけれど、私の子どもだなんて、なんだか笑える。おだんごに こだんご。


Facebookでは皆の結婚や出産話で毎日のように盛り上がっている。私はこの半年間、「私は一体何がしたいんだ?」ということを考えてきた。それは出会う人、行く場所によってコロコロ変わって、例えば教育に携わっている人と話すと「子どもたちと一緒に何かやりたい」と思うし、自然のなかに行けば「毎日この星空が見えるところに住みたい」と思う。皆と踊りに行けば「ダンスができればあとは何でもいいや」、博物館へ行くと「やっぱ宇宙に行かなきゃな」、旅人に会えば「私も世界中を周りたい」、のんびりした生活を送ると「田舎で畑を耕すのもいいな」、仲間に会えば「やっぱり街に住もう」とか。

でも最終的にこう思った。どんなにやりたいことがあっても、どんなに住みたい場所があっても、大好きな人に「一緒にこい」なんて言われたら、一旦全部捨ててそっちに行くんだろうな、と。そしてそこで、また自分の楽しみを見つける。「やっぱりね、一番は愛なんだよ」と、旅の後半は皆によく話していた。それがどんな山奥だろうと、田舎だろうと、野宿生活だろうと、漫画が読めなくなろうとも、私には関係ないのだ。それまでは気の向くままに、やりたいことをどんどんやろうと今はそう思っている。

つい数ヶ月前までは「何か」を見つけたかった。私の使命というか、私に一番向いていること、自分の能力が一番発揮されるもの、自分を満たしてくれるもの、とにかくハッキリした何かが欲しかった。しかし最近はそういう気持ちもなくなり、「何か」にこだわるよりは、どんな場所でも何をしていても、私らしさが出せて、何よりも楽しめれば、そのほうがいいじゃん、と。それにね、どこででも楽しむというのは結構難しいものなのだ。



そんな思いをもって、日本に帰るぞー。

2012年10月14日日曜日

そろそろ冬がやってくるぞー


昨日から鼻がじゅるじゅる、くしゃみも出る。鼻風邪なんかに負けてられんと今朝の新聞の数独を解いていると、あっけなく負けた。新聞のくせに難し過ぎるんだyo。数独が得意だと思っていたのに、私って至って普通のレベルだったんだなぁ。

2日前から寝付きが悪い。なぜかってパソコンをしているからなのだ。ホステルにいた頃は多少パソコンを開くものの、まぁ人と話すし、23時頃には部屋の明かりも消えていたし、寝る前にパソコンを触るという機会がほとんどなかったのだ。ウィーンに戻ってきてからは贅沢にも1人部屋でネットもつながる、寝る前はずっとパソコン、そりゃ眠れなくなる。夜はなるべく電子モノをいじるのはやめよう。そして昼間はお日様をいっぱい浴びよう。



帰国しようと決めてから完全に気持ちが次へと移ってしまい、今の状況が落ち着かない。考えれば考えるほど、ああしようこうしようと考えが出てくるので、来月帰国する予定が今月末へ、さらに今月末が再来週へと早まった。また、来年から東京に住もうと思っていたのだけど、来年まで待つ必要があるのか?と思い、すでに物件探しを開始する。仲介業をしている友人に、この条件でよろしくとメールをすると「これ女の子の言うような条件ではないね」と返事がきた。確かに、以前住んでいた頃の条件とは真逆だ。そうだ、お引っ越しパーティーをやろう。




今朝、今後のことをコンラッドに話していると、やっと働く気になったか!と笑われた。これまでずっと「まだ分かんないよ〜」とばかり言っていたので、私自身話せて嬉しかった。「これまでの経験がきっと役に立つよ、応援してるからね」と真顔で言われ、鼻をじゅるじゅるさせながら、へへへと笑う。特にこれといった職を見つけたわけではないけれど、どこで働いたとしても、私の思いが色んなカタチでそこにうまく入っていければいいなと今は思っている。そしてまた2年後、再び海の向こうへ行く、予定。ちょっとね、ワンピースみたいでしょ。


それにしても2年後なんて、まったく想像ができない。
またジャンプ読んでたりしてね。

2012年10月12日金曜日

お母さんのゴハンなんて恋しくないぞ、と言ってみる

音楽家のお墓にお花をそえに行くという、子どもの頃からちょっと憧れていたことをやってみた。
敷地のなかに観光バスが走っちゃうくらい、とんでもなく広くて華やかな墓地。と言っても街中に比べれば人も少ないので、のんびりできる。ここに眠っている音楽家の中ではモーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ブラームスくらいしか知らなかったけれど、それでもね、ちょっと感動した。

縁あって幼稚園の頃からピアノを弾いていたけれど、20歳を越えるくらいまではピアノがそれほど好きでも嫌いでもなかった。クラシックを聴くのは好きだったけれど、とにかく練習が嫌いだったので、中途半端にピアノと付き合うこと十数年。なぜのめり込めなかったかというと、「表現」というものがよく分からなかったからなのだと思う。楽譜には「ここは強く!」「だんだん弱く」「ゆっくり弾いて」とか、いろんな表記があって、先生からも「ここでテンポ上げて」とか、まぁ色々言われてきた。確かにその通りに弾くと、ピアノ分かってますよ〜みたいな感じで聞こえるのだけど、私の中ではしっくりきていなかったのだ。

そして数年前のお正月のこと、のだめちゃんの再放送を見たのがきっかけで、初めてピアノが弾きたいと心から思って椅子に座った。そのときは確かベートーヴェンを弾いたのだけど、なぜだか悲しくて仕方がなかった。この曲切な過ぎるんだよ!と母親に話しに行き、さらには1つ1つの和音に感動して、同じところを何度も弾きまくった。音楽と哲学がつながっていると言われる意味が少し分かった気がした、そんな夜だったのだ。それから音楽家のことだったり、曲の背景だったり、そういうことも調べるようになり、1曲1曲が本当に面白く感じるようになった。


次回一人暮らしをするときは、電子ピアノでも置いちゃおう。




なんて、キレイなことを書いているけれど、実は朝からイライラしっぱなしなのだ。両親に腹が立って仕方がない。しかし、おかげで気付いたこともある。ある程度親離れができているつもりだったけれど、まだまだだった。最近思うのが、完全なる独立への道は怒りが必要なんだ!ということ。もちろん怒り=嫌うってわけではないよ。

今日は私もイライラ、コンラッドも忙しくてピリピリ、二人して朝から眉間にしわを寄せていた、そんな一日だったなぁ。

2012年10月10日水曜日

アニキ(金本)が引退したんだってね

ただいまウィーン。
なぜだか分からないけど、お互い顔を見た瞬間大爆笑だった。それから晩ご飯で食べたイカにあたって一緒にお腹を下した。おかげで小腹が空き、ブルーチーズを食べながら今はオペラを聴いている。

ウィーンへ着いたとたん復活した。
ずっと知らない土地を一人で移動していたので、知らぬ間にストレスを感じていたのだなと駅に着いて気付く。電車を降りると知っている風景で一気に気が抜けた。もう大体の方角は分かるし、地下鉄やトラムの路線図がほぼ頭のなかに入っているので、変に遠出しない限りは迷う心配がないのだ。いつものんびりしているつもりでも、結構気を張っていたんだね。誰かと一緒に道に迷うと不安も半分こできるのだけど、一人で迷うと不安は倍増。地図を読むのが下手くそなので、人に聞いてはの繰り返し。そんな毎日は確かに面白いのだけど、その分エネルギーも必要なのだ。行ってみて気付くこと、帰ってみて気付くこと、今回も良い収穫だった。またNZに戻ったら、日本に帰ったら、それだけでまた何か発見があるんだろうなぁ。

昨日"飽きた"なんて書いてしまったけれど、決してネガティブワードではない。まだまだ行きたい場所は山ほどあるし、旅が嫌いになったわけではない。ただ、今の自分の旅のやり方に飽きているというだけで、今後はもう一工夫必要だなぁと思っている。まだまだ、私は旅のひよっこなのだ。




今夜は久々の一人部屋、なんだか贅沢な気分。

2012年10月9日火曜日

これからどこへ

一人旅も今日で終わり、明日の夕方にはウィーンへ戻る。

この1ヶ月を振り返ると、まぁ色んなことがあった。カラダも疲れていたし、頭の整理も追いついていなかったので、ここ2,3日は「ああああー疲れたぁー!」とばかり思っていたのだけど、今朝散歩をしながら漸く気持ちの整理がついた。おかげで気分もすっきり。足取りも軽くなり、小さな山(丘か!?)を3つも登った。登りながらやりたいことが山ほどでてきて(そんなに大したことではないけど)、久々にワクワクした。もう27歳までのプランもでき、あとは実行するだけだなとニヤニヤしながらモーツァルトを大音量で聴く。

ヨーロッパに入ってもうすぐ2ヶ月が経つのだけど、「これ以上旅を続けたら飽きて嫌になる」と正直思っている。ここ1週間なんて特にそれを感じていて、誰かと話す度に「飽きないの?」と聞いていた。すると私と同じくらい、もしくはそれ以上旅を続けている人たちは言う、「飽きるよね」と。もちろん最高だよと答える人もいた。バッパーの先輩たちの話は面白い。しかも何を言っても「あんたまだ25でしょ!」とゲラゲラ笑ってくる。それに比べ、夏休み中の大学生(日本人)は正反対だった。ちゃんと仕事について、結婚して、30歳までには子どもがほしい、そればかり。なんでそう思うの?と聞くと、ご両親がそうだったからなんだそう。それで今自分はとても幸せだから、同じように自分もやりたいんだとか。それも良いと思う、私も学生のときは同じことを考えていたので気持ちも分かる。ま、色んな生き方があるってことだね。


まぁ話は飛んだけれど、おだんご、近々帰国するかも。これも飛び過ぎか。



今日の午後はずっと博物館にいた。私は美術館より博物館派なので、大体どこの街へ行っても博物館には必ず行く。博物館の何が良いって、私は恐竜と鳥と石と宇宙が好きなのだ。なんだか子どもみたいだけど、子どもより興奮していると思う。ザルツブルクの博物館はとにかく石コーナーがいっぱいで私的には最高だった。宇宙コーナーでは本物の隕石を触り感動。隕石が落ちたらどうなるかという映像(振動付き)に興奮して3回も見た。さらにシャトルミッションの映像もあり、床に座り込んで全種類を見る。最後は月面着陸の模型の前で、私もここに行くんだなと気持ちを高めた。

おいおい、ザルツブルクにいるんだろ!と天の声が聞こえ、しぶしぶ博物館を出てモーツァルトの家へ向かう。普通の黄色い家だった。ああ、ピアノが弾きたい。





とにかく、今回旅に出て本当によかったと思っている。
知りたかったこと以上のことが分かり、さらにはたくさんの出会いもあり、大満足。まだまだ私の旅は始まったばかりなんだなぁと、これからも楽しみでたまらない。


『未来はいつも面白い』
爆笑問題の太田さんが言ってた、お気に入りの言葉。

2012年10月7日日曜日

ケロケロ、雨のケルンより

けろけろケルン、オランダを離れドイツ・ケルンにいる。
昨日今日と泊まっているホステル、どんな部屋割りしてんだよ!と思うほど、部屋には男5人と私1人。今朝目が覚めたときが一番びっくりした、裸の男たちがむにゃむにゃと寝ているのだ。まるで自分家のように過ごしているので聞いてみると、旅行ではなく、働いていたり勉強していたりと、もう結構長くいるんだとか。とにかく男臭いので換気をさせてほしいのだけど、寒いのでちょっと窓が開けられない、そんなちっぽけな悩みを抱えている。

色々あって使えるお金が残りわずかとなった。1日の食費も3ユーロ内、コーヒーなんて贅沢なもので、もちろんカフェには入れない。ウィーンまでの電車賃、残り2日の宿代を差し引くと、15ユーロ。クレジットカードを頼りにしていた自分が少しバカらしくなる、あんなのただのカードなんだよ。今日はもし本当にお金がなくなったらどうしようかと歩きながら考えた。宿で働く、モノを売る、お金を送ってもらう、まぁそれくらいしか思いつかないけれど、とりあえずは生きて帰れそうだ。そこまで重くも考えていないけれどね。

今日はゲシュタポハウスに行ってきた。ナチスドイツ、ゲシュタポ。ほとんど人がおらず、シーンと薄暗いなかを一人歩く、入って5分くらいで頭が痛くなった。本当にこんなモノがそこら中に建てられていたのかと思うと、気が狂っているとしか考えられなかった。あの分厚い扉に狭い部屋、薄暗くて壁は冷たく、あんなところに監禁され、さらには拷問され、、、しかし想像はあくまで想像、私の想像をはるかに越えるものがそこでは起きていたのだろう。オランダにいたときも、戦時中につくられた地下室を見せてもらい、今は物置になっていたけれど、話を聞いていると生々しく感じた。これでもまだ戦争したい、もしくはしてもいいと思う人が実際にいるんだから、私には全く理解ができない。

最近岡田斗司夫の本を読んだので、こう思うのだけど、まだ100年も経っていない時代のことを狂っていると考えてしまうのだから、50年100年後の人たちが今の時代を見れば「よくもまぁそんなことやっちゃって、気が狂ってるとしか思えないyo!」と言われる可能性も大なのかなぁなんて。私は今、どんな時代に生きて、何をしているのかな。



明日はモーツァルトの街、ザルツブルクへ行く。
一人旅も残りちょっと、明日は晴れるといいな。