前回の続き。
私は思う、もう争う時代は終わったのだ。つまり争う必要はもうないのだ。
「人間(動物)には元から「争う」ということが遺伝子のなかに組み込まれている、これはどうしようもないことなのだ。戦争、争いはあって当然、一生なくならないだろう。」
こう言う人がいるとする、そんな人に私はこう言いたい。
「遺伝子のせいにするなよ、私たちは変われる」と。
これまで私たちは進化を続けてきたし、これからも進化していく能力を持っているはずなのだ。「争う」原因は一体どこから来ているのか、生き残るために食べ物を奪い合うことならば、もう争う必要はないはずだ。食料を十分に生産できる能力はすでに持っているのだ、それを上手く利用できていないだけ。その他争う理由はどこにあるのか?地位、名誉、金、そんなもの理由にもならないだろう。
強い「意思」があれば私たちは変われる。大好きな毛利さんも「飛ぼうという意思があったからこそ、恐竜は鳥へと進化したのではないか。そこ(意思)に生き延びるという生命の秘密のようものを感じる。」と言っていた。(端折り過ぎているので、『宇宙から学ぶ(2011)』のP69あたりから読んでもらえれば...)
私たちもこれから生き延びるために、争うことではなく、争いを捨てることを選択していったほうがいいのではないか。もう武器はいらない、戦争もしない、差別もいらない、これはちっとも現実離れした意見ではないのだ。恐竜だって飛べるようになったんだ、私たちだってそれくらいのデッカイことはいつかできるのだ。もちろん変わりたくないと思う人もいるだろう、うちの母親なんかはそうだ。こういう話になると「今のままでいい、残された時間を静かに過ごしたい。変わりたくもないね。」といつも言うのだ。それはそれでいい、でも私は変わりたい。
別に押し付けようとは思っていない、こういう選択肢もあるよとただ言っているだけなのだ。いろんな選択肢があるということを知っておくことは大事だし、さらにその中から自分の意思で選択することが最も重要だと思う。当たり前のことのようで、出来てない人が多すぎると私は思うのだ。私自身もそうで、政治・経済のことはさっぱり分からない、選択するにも選択肢がないのだ。人から借りてきた知識でしか行動できていない。つい昨日から模造紙点メモを始めたところなので、これから勉強開始!というかんじなのだ。
==============
と、ここまで書いて、夜ご飯を食べることに。
食べながら苫米地の『圧倒的な価値を創る技術(2012)』を読んでいると、人類はもう「競争」を克服できる、と似たようなことが書いてあった。そのあと自分の書いたものを読み直して雑だなと思ったけれど、文章を書くのが下手なことは分かっているので、気にせずそのままにしておくことにする。この本も面白かったなぁ。
というか、苫米地もおだんご顔だよね。
...全然沈黙の艦隊の感想になっていない。
読み返すと当たり前のことばかり書いているような、変にムキになっているだけのような、これをupしようかちょっと迷っている。誕生日に鷹の目たかさんに言われた、「おバカの25歳、思いっきりバカになってね」と。痛い子になってないかな?と気にはなっているのだ、でも痛いかどうかは痛い子本人には分かるわけがない、だってそれが分からないのが痛い子なんだもの。
ダラダラとここまで書いてきたけれど、別にここに書かなくてもいいことなのだ。"行動する"ことが大事であって、何も言う必要はない。でも書いちゃったし、せっかくだもんね。最後にまとめようと思ったけれど、もうやめた。あとは海江田(主人公)のように行動あるのみ。
かわぐちさん(沈黙の艦隊作者)は言葉の言い回しが上手いので、ぜひ読んでみてほしい。伝えたいことをよく一言でバシっと言えるもんだなぁと感心してしまう。色んなことを考えるきっかけにもなると思うので、機会があればぜひ。
四郎とえっちゃん。いいな〜
私は思う、もう争う時代は終わったのだ。つまり争う必要はもうないのだ。
「人間(動物)には元から「争う」ということが遺伝子のなかに組み込まれている、これはどうしようもないことなのだ。戦争、争いはあって当然、一生なくならないだろう。」
こう言う人がいるとする、そんな人に私はこう言いたい。
「遺伝子のせいにするなよ、私たちは変われる」と。
これまで私たちは進化を続けてきたし、これからも進化していく能力を持っているはずなのだ。「争う」原因は一体どこから来ているのか、生き残るために食べ物を奪い合うことならば、もう争う必要はないはずだ。食料を十分に生産できる能力はすでに持っているのだ、それを上手く利用できていないだけ。その他争う理由はどこにあるのか?地位、名誉、金、そんなもの理由にもならないだろう。
強い「意思」があれば私たちは変われる。大好きな毛利さんも「飛ぼうという意思があったからこそ、恐竜は鳥へと進化したのではないか。そこ(意思)に生き延びるという生命の秘密のようものを感じる。」と言っていた。(端折り過ぎているので、『宇宙から学ぶ(2011)』のP69あたりから読んでもらえれば...)
私たちもこれから生き延びるために、争うことではなく、争いを捨てることを選択していったほうがいいのではないか。もう武器はいらない、戦争もしない、差別もいらない、これはちっとも現実離れした意見ではないのだ。恐竜だって飛べるようになったんだ、私たちだってそれくらいのデッカイことはいつかできるのだ。もちろん変わりたくないと思う人もいるだろう、うちの母親なんかはそうだ。こういう話になると「今のままでいい、残された時間を静かに過ごしたい。変わりたくもないね。」といつも言うのだ。それはそれでいい、でも私は変わりたい。
別に押し付けようとは思っていない、こういう選択肢もあるよとただ言っているだけなのだ。いろんな選択肢があるということを知っておくことは大事だし、さらにその中から自分の意思で選択することが最も重要だと思う。当たり前のことのようで、出来てない人が多すぎると私は思うのだ。私自身もそうで、政治・経済のことはさっぱり分からない、選択するにも選択肢がないのだ。人から借りてきた知識でしか行動できていない。つい昨日から模造紙点メモを始めたところなので、これから勉強開始!というかんじなのだ。
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と、ここまで書いて、夜ご飯を食べることに。
食べながら苫米地の『圧倒的な価値を創る技術(2012)』を読んでいると、人類はもう「競争」を克服できる、と似たようなことが書いてあった。そのあと自分の書いたものを読み直して雑だなと思ったけれど、文章を書くのが下手なことは分かっているので、気にせずそのままにしておくことにする。この本も面白かったなぁ。
というか、苫米地もおだんご顔だよね。
...全然沈黙の艦隊の感想になっていない。
読み返すと当たり前のことばかり書いているような、変にムキになっているだけのような、これをupしようかちょっと迷っている。誕生日に鷹の目たかさんに言われた、「おバカの25歳、思いっきりバカになってね」と。痛い子になってないかな?と気にはなっているのだ、でも痛いかどうかは痛い子本人には分かるわけがない、だってそれが分からないのが痛い子なんだもの。
ダラダラとここまで書いてきたけれど、別にここに書かなくてもいいことなのだ。"行動する"ことが大事であって、何も言う必要はない。でも書いちゃったし、せっかくだもんね。最後にまとめようと思ったけれど、もうやめた。あとは海江田(主人公)のように行動あるのみ。
かわぐちさん(沈黙の艦隊作者)は言葉の言い回しが上手いので、ぜひ読んでみてほしい。伝えたいことをよく一言でバシっと言えるもんだなぁと感心してしまう。色んなことを考えるきっかけにもなると思うので、機会があればぜひ。
四郎とえっちゃん。いいな〜

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